〈 It / Es 〉thinks, in the abyss without human.

Transitional formulating of Thought into Thing in unconscious wholeness. Circuitization of〈 Thought thing 〉.

▶ 映画『 パピヨン 』( 1973 : directed by フランクリン・J・シャフナー ) を通じて人文学における "蝶" の形象について考える

 

f:id:mythink:20211108220707j:plain

 

映画  『 パピヨン ( papillion ) 』
監督  フランクリン・J・シャフナー ( 1920~1989 )
公開  1973年
原作  アンリ・シャリエール ( Henri Charrière : 1906~1973 )
脚本  ダルトン・トランボ ( Dalton Trumbo : 1905~1976  )
    ロレンツォ・センプル・ジュニア ( Lorenzo Semle Jr : 1923~2014 )
出演  スティーブ・マックイーン ( Steve McQeen : 1930~1980 )  パピヨン
    ダスティン・ホフマン ( dustin Hoffman : 1937~ )      ルイ・ドガ 

 



 1章 パピヨンとは何か?



パピヨンとは "誰か" ? ではなく、パピヨンとは "何か" ?  この問いは、この映画を哲学的に考える上で役に立つものとなるでしょう。というのも、フランス語で蝶 ( 蛾も含まれるのですが ) を意味する "パピヨン" は、この作品のフランス人原作者である アンリ・シャリエール ( 1906~1973 ) が、その自伝的脱獄 "小説" ( そう、これはノンフィクションではなく自伝的虚構と呼ぶべきものです ) で自らを社会に対する反逆的英雄に仕立て上げようとする欲望を投影した "記号表現 ( シニフィアン )" であるからです。

 

哲学に詳しい方ならば、この記号表現が、構造主義言語学の祖である フェルディナン・ド・ソシュール ( 1857~1913 ) によって提示された言葉の構成要素の組み合わせ、"記号表現 ( 意味するもの ) / 記号内容 ( 意味されるもの )" に由来し、それはさらに精神分析ジャック・ラカン ( 1901~1981 ) によって "記号表現" の方が特権化され、人間の欲望を紐解く上で重視されたことを御存じでしょう。 

 

ここで言う、シャリエールの自分を反逆的英雄に仕立て上げようとする欲望 ( 彼は自分を引き立てるためにドレフュスやシモン・ボリヴァルにまで言及する ) がパピヨンという記号表現に現れているというのは、彼の自伝的小説の大部分が、彼以前にフランス領ギアナ流刑地から脱獄を図り成功させた ルネ・ベルブノワ ( 1899~1959 ) の脱獄記『 Dry Guillotine ( 乾いたギロチン ) 』( 1938 ) ( A ) を参考にしていた事を発端とする ( それと他の脱獄囚の話を取り入れているという点もそこに含まれる )。 

 

気になるのは、パピヨンという通称の発端がいかなるものかという事です。映画においては蝶の刺青がシャリエールの胸に刻まれていた事で既成のものとして話が進められる ( この手の話にはつきものですが、後年になって蝶の刺青を腕に入れていた同時期の実在の囚人の話が報道されたりしましたね、あのアイデアはそこに由来するという具合に ) のですが、シャリエールに "パピヨンという記号表現 ( シニフィアン )" を選択させる元になった "イマージュ" が彼の頭の中には幾つかあった という事は間違いないでしょう。

 

その内のひとつは、今述べた同時期の囚人が腕に彫っていた蝶のイマージュだとするならば、もうひとつは、映画の中でも描写される、囚人たちによって採取される鮮やかな青色の "モルフォ蝶のイマージュ" です ( 1~10 )。蝶の刺青をしたパピヨンが蝶を捕らえる ……… 。よく考えると、この行動の奇妙さに気付くでしょう。パピヨンという記号表現が、固有名詞として、しかも映画のタイトルにもなっている事の 特権性 を考えるのならば、パピヨンとは、最終的に成し遂げる脱獄とその結果として自由の象徴に他ならないはずです。しかし、その自由の象徴であるパピヨンが蝶を捕まえてしまうのは自由を否定する事ではないか、そう考えたくなっても無理はありません。

 

f:id:mythink:20211115073531j:plain

 

事実、原作者のシャリエール自身がそう考えていたと解釈出来るからです。どういうことかというと、1~10 のような蝶を捕まえる長い描写は映画のなかだけであって、シャリエールの原作において "服役中" にはほとんど出てこないのです ( 以下の3章から述べる例外は別にして )。ベルブノワの『 Dry Guillotine ( 乾いたギロチン ) 』で数箇所に渡って言及されるのとは対照的です。

 

これは偶然ではないでしょう。シャリエールは脱走の途中で世話になる原住民の村で、そこの女性と恋仲になるなど明らかにベルブノワの著作のモチーフを度々参考にしているのに、同著で描かれる蝶の捕囚については描写しない。これはまさにシャリエールが 蝶を自由の象徴として考えている からに他なりません。精神分析的に考えると、 脱獄を目的とする彼が 自由の象徴である蝶の捕囚描写を無意識的に避けてしまう のは仕方のない事 なのです。そして、それは彼が服役中に実際に蝶を捕まえる経験をしていないかもしれない事をも意味する。つまり、シャリエールは蝶を自由の象徴であるというように自分の人生のそれまでの "イマージュ" でのみ考えているからこそ、自らの通称を "パピヨン" とし、原作のタイトルもそれにちなんでいるという訳です。

 

ではブルブノワの著作において描かれる蝶の捕囚の必然性とは何に由来するのでしょう。それは当時のフランス領ギニア流刑地における囚人たちの生活について知る必要があるのですが、そこに関わるフランスの昆虫採集家 ウジェーヌ・ル・ムールト について次の章で追っていきます。

 

 

( A )

ルネ・ベルブノワの脱獄記『 乾いたギロチン 』は以下を参照。この特異なタイトルはフランス政治犯流刑地ギアナが風土病によって死者を出した事に由来する ( 本書では囚人たちが「 乾いたギロチン 」と呼んでいるとしか説明されていない )。その風土病がフランス革命期の有名な処刑方法ギロチンに比せられているという訳ですね。その頃の著名な脱獄に成功した政治犯としては、フリュクティドール18日のクーデター ( 1797年 ) で逮捕された フランソワ・ド・バルテルミー ( 1747~1830 ) がいたが、彼はギアナから脱出してフランス第一帝政の成立に関わった。もう少し後の時代になると『 パピヨン 』でも名前が挙がるドレフュスがそこに流刑されてくる。

 

 



 2章 フランス植民地ギニアと標本商ウジェーヌ・ル・ムールト



ここで、映画の中には登場しない ウジェーヌ・ル・ムールト ( 1882~1967 ) に言及するのは、かなりの脱線になりかねないのですが、興味深い話なので許して頂きたい。この映画の中でフランス領ギアナ流刑地での囚人たちによるモルフォ蝶の捕獲シーンは、ル・ムールトが実際に囚人たちにさせていた事に基づいている。

 

昆虫採集家であったル・ムールトは、フランス植民地省の植民地庭園のための植物採集の名目でフランス領ギニア植民地行政の手伝いを現地で行った。そこで彼は様々な昆虫を採集したのですが、帰国後に標本商としての仕事を想定していた彼は、その美しさ故に受容の見込めるモルフォ蝶に目を付け、囚人たちに採集させて買い取ったのです。つまり、彼の中での モルフォ蝶のイマージュ は、植民地での 昆虫採集の情熱 とフランス本国での 標本商売の成功欲 とが結びついたものとなっている。当時は、ゴールドラッシュが去ったギニアで大量に捕えられた蝶がフランスでは標本や翅飾りとして流通する、という具合に植民地から本国へもたらされる一種の経済資源的なものとして機能していたのです ( B )。

 

ル・ムールトの標本商としての仕事、囚人たちの経済的補助、など彼らの生活を成り立たせていたという意味で、蝶はゴールドと同じく、野生・自然のものでありながらも経済資本でもあるという "二重性" を帯びていた。より哲学的に考えるならば、自然の中の具体的物質でありながらも人間社会を経済的に潤す抽象的普遍性を同時に具現するものだ という事です。この時、既に蝶には、"資本主義化された野生というイマージュ" が含まれていたのです。

 

標本商であるル・ムールトはともかく囚人たちが経済生活? と思われる人もいるかもしれませんが、ギニア流刑地の囚人は出所した後も終生ギニアに留まらなければならないという法律があった。そのために彼らは生きていくための経済的基盤が必要であり、それに備えていたのですね。昆虫蒐集家の奥本大三郎はル・ムールトについて語った著書『 捕虫網の円光 』で次のように言っている。

 

 そもそも彼 ( ル・ムールト ) が使っていた囚人たちは刑期がもうあと何年も残っていず、したがって脱走を試みたりして失敗すれば刑を加算され、かえって損をする者の中から選んである。その連中が許されて出所してくると、その後十年から十五年もモルフォ蝶採りを続ける。というのは、徒刑囚としていったん五年以上の刑を宣告された者は、刑期をつとめあげたあとも終生ギアナに留まらねばならず、五年以下の者も、自由になってからさらに五年はギアナを離れてはならないという法律があったのである。

 

奥本大三郎『 捕虫網の円光 標本商ル・ムールト伝 』 平凡社版 ( 1993 ) p. 203

 

映画の中で、独房での刑期を務め上げたパピヨンギアナから離れられずに島で生活するのは以上の事情を背景にしている事を理解すれば納得が出来きますね ( 11~18 )。

 

f:id:mythink:20211121073321j:plain

 

 こうして刑期を終えたモルフォの採集人たちが自然に一か所に集まり、一種の共同体をつくった。〈 中略 〉。この村に入れてもらう資格はただ一つ、かつて囚人であったという経歴で、逆差別とはこのことである。

 〈 中略 〉。連中は河のそばの土地を切り拓き、大きな、共同で住む農家を作った。そこに次々に同じ境遇の人々が集まってきて、その人口は最盛期には三百人を数えたそうである。

 〈 中略 〉。

 そのありさまは一種のゴールド・ラッシュならぬモルフォ・ラッシュの観があった。奇妙といえば奇妙な時代であった。

 ギアナはこれに先だって実際にゴールド・ラッシュの時期があって、ブラジルからも人間が殺到するので、ブラジル政府がフランスに抗議したことがある。もちろんそれとは人の動いた規模が違ったけれど、実際に蝶の輸出額は金の輸出額に匹敵するほどであった。〈 中略 〉。この蝶の町のモルフォ大尽ともいうべき男たちの中には、年に六万フランも稼ぐ者がいたという。

 

奥本大三郎『 捕虫網の円光 標本商ル・ムールト伝 』 平凡社版 ( 1993 ) p. 204

 

 

( B )

マルセル・プルースト失われた時を求めて 』の翻訳で有名なフランス文学研究者、井上究一郎 ( 1909~1999 ) はル・ムールトについてのエッセイ『 捕虫網の円光 』( C ) の中で次のように言っている。

 

 ル・ムールトの研究所は、一九一一年に、蝶類のコレクションで、ワシントン、ロンドン、パリの各博物館につぐ、世界第四位となった。採集の規模も、販売網も大きくひろがった。ここで彼はまた一つの新機軸を考えついた。蝶の羽の工芸化である。かつて第二帝政時代のある室内装飾師が、ナポレオン三世の妃であるウージェニー皇后に、コロンビアのボゴタから送られてきたモルフォ・シプリスを献上し、皇后はそれを髪飾りにしてオペラ座にあらわれたことがあった。それが大変な評判を呼んで、まねる女性が続出した。ル・ムールトはその流行にヒントをえて、一九一二年に、「 皇后の蝶 」と銘打った髪飾りをつくりだした。

 それ以来、蝶の羽を原料としたいろんな室内装飾品や、ステーンド・グラスや、アクセサリーの類を制作、やがて蝶の羽のパレットで世界ではじめて蝶画を描いたのである。展覧会もひらいた。この方法は、原始人も古代人も中世の工人も考え及ばなかった創意であるといわれた。布地や皮革の材質に蝶の羽を打ちつける技術は、彼の工房の秘訣となっている。

 

井上究一郎『 捕虫網の円光 』「 井上究一郎 文集 Ⅰ フランス文学篇 」所収 筑摩書房 ( 1999 )  p. 386~387 

 

 

( C )

おやっと思う方もいるかもしれませんが、2章以降に引用している『 捕虫網の円光 標本商ル・ムールト伝 』の著者、奥本大三郎は井上の『 捕虫網の円光 』から自著のタイトルを取っている。そのエッセイが所収された「 井上究一郎 文集 Ⅰ フランス文学篇 」 ( これ以前にも井上の著書「 忘れられたページ ( 1971 ) 」にも同エッセイは所収されているが古くて入手しにくい ) は1999年刊行ですが、エッセイの初出は1961年の雑誌「 学鐙 」。そこにはパリに留学していた井上が1958年にル・ムールトに実際に会った時の話も書かれていて、奥本はそのエッセイを大変気に入っていたという経緯がある訳です。

 

 ところで、ル・ムールトを紹介するのに、ここに絶好の文章がある。フランス文学者井上究一郎氏の『 忘れられたページ 』( 筑摩書房 ) 所収「 捕虫網の円光 」である。すなわち、私のこれから書こうとするものの題名は、丸善の雑誌「 学鐙 」に掲載されたときから何度も読み直して忘れられぬこの文章から、お借りしたものである。

 

奥本大三郎『 捕虫網の円光 標本商ル・ムールト伝 』 平凡社版 ( 1993 ) p. 9 

 

井上自身は同エッセイにおいて、自分は蝶の蒐集に興味はないと断る。しかし、そこは知的好奇心旺盛なフランス文学者、様々な参照項を引き合いに出しながら話を進めていく下りは非常に面白い。

 

 最近の《 アサヒグラフ 》― 一九六一年八月十一日づけ ― に蝶の羽で絵をかく人のことが出ていた。同誌はその人の蝶画で表紙をかざっている。作者は福岡市地行東町五番地に住む西村五郎氏、日本でただ一人の「 蝶画家 」なのだそうだ。この人は五年まえから、南米のみやげにもらった蝶の工芸品からヒントをえて、この創作をはじめたのだという。

 そういえば、それはまったく偶然のことに属するのだが、私はパリで、そのいわゆる蝶画や蝶の標本を店に出し、豪華な蝶の写真図版を出版している学者兼商人を訪れたことがあった。その人の名はウージェーヌ・ル・ムールト Eugène Le Moult.

 ことわっておくが、私はべつに蝶の蒐集に趣味があるわけではない。家の紋所が、丸に揚羽蝶というだけで、せいぜい南仏モンペリエで、素焼きに美しい彩色をほどこした大型の蝶 ー ネルヴァルのいわゆる「 大孔雀 」ー の壁飾りを見つけて、それを買う気になった、そんな程度にすぎない。

 

井上究一郎『 捕虫網の円光 』「 井上究一郎 文集 Ⅰ フランス文学篇 」所収 筑摩書房 ( 1999 )  p. 382~383 

 

 



 3章 自由と捕囚



以上の事を踏まえると、映画『 パピヨン 』、アンリ・シャリエールの原作、ルネ・ベルブノワの『 Dry Guillotine ( 乾いたギロチン ) 』、そして昆虫標本商ウジェーヌ・ル・ムールト …… 、これらの関連性の中には様々な "蝶のイマージュ" が錯綜している事が分かりますね。スティーブ・マックイーン、脱獄、自由、昆虫採集、売買、資本主義、植民地政策 ……… 。

 

このような蝶の幾つものイマージュに対して陥りやすい過ちは、"自由" を特権化して選び出してしまう事です。理不尽な収監状態から自由を求める事こそ至高の価値であるかのように見なすのは既に、自由から離れつつある事なのです。もちろん脱獄という行為にある種の人間的自由への希求があるのは否定出来ないし、娯楽 ( 小説や映画など ) に昇華されれば一層の共感を呼んだりします。

 

しかし、脱獄というその時の行為それ自体と、その行為を後に写実化して世間に提示するのは全く意味の違う事だと気付く必要がある。特にその両方を当事者が為すのであればなおさらであり、それが顕著な例がこの映画の原作者アンリ・シャリエールなのです。何ら成功する保証がなくともただひたすら自由を求めるその時の脱獄行為が他人からの承認欲求など必要としない "行為の純粋性" を表していた のに対し、脱獄の写実化とは世間に自分を認めてもらいたいという "エゴ" によって染められたもの でしかありません。

 

そのようなシャリエールの欲望が最も現れているのが "パピヨンという記号表現" においてなのです。脱獄後のシャリエールは、自由を求めて "パピヨン" を名乗ったのではない、彼は既に自由の味わいを通過した後に、それとは別に、いやそれ以上に自分を満足させる名声を求める欲望に囚われて "パピヨン" を後から名乗った と考えるべきです。

 

その欲望が "歪に" 表れた原作の箇所こそが、シャリエールが蝶の捕囚について積極的に "語った" 例外的な場面です ( D )。例外というのは、1章でパピヨンが蝶を捕獲する場面はないと述べた事に照応するものなのですが、この例外においても、彼自身が蝶を捕獲するという話ではなく、他の蝶の採集者からその方法を彼が経営するレストランで聞いたという間接的な話になっているのです。そしてその場面は、その別の採集者が蝶を採った話があたかもシャリエールが蝶を採っていたかのように読者に思わせる曖昧さで書かれている。

 

しかし、この例外の場面の主眼はそこではなく、フランス領ギニアから脱出したシャリエールが500㎞以上離れたイギリス領ギアナジョージタウンで彼の経営するレストランに、なぜか置いていた標本箱の中の偽の珍しい雌雄同体の蝶をアメリカ人のコレクターに高値で売りつける話です ( ベルブノワがアメリカへの逃亡時にお金代わりに蝶の標本を携えていたと実直に語るのとは違って )。

 

それが一種の詐欺話だから道徳的に問題だなどというつまらない事 ( 裏の世界を経験したシャリエールならばそれくらいのことをしても不思議ではないのですから ) を指摘したいのではありません。そうではなく、珍しい雌雄同体の蝶を安く買いたたこうと以前から探していたアメリカ人の鼻を明かそうとして偽の雌雄同体蝶を高く売りつける話は、自分を百戦錬磨の強者であるかのように印象付ける小賢しい作り話でしかないだろうという事です。

 

つまり、ここにおいてもシャリエールの自分自身を必要以上に強い存在に仕立て上げようとする欲望が歪んだ形で "蝶のイマージュ" として現れている。そしてその下りで "唐突にそして饒舌に" 語られる蝶の捕獲の仕方、雌雄同体蝶の市場価値、の話は ル・ムールトの自伝『 Mes Chasses aux papillons ( 私の蝶採集 ) 』 ( 1955 ) に見出せる。シャリエールが『 パピヨン 』執筆に当たって、女性脱獄者アルベルチーヌ・サラザンの『  L'ASTRAGALE ( 距骨 )  』( 1965 ) ( E )、ルネ・ベルブノワの『 Dry Guillotine ( 乾いたギロチン )  』( 1938 )、等を参照していた事を考えれば、自分の著作の表題 "パピヨン" のヒントになったであろうル・ムールトの自伝を読んでいても何ら不思議ではありません。

 

シャリエールにとって、パピヨンという記号表現の選択は、社会的名声と経済的成功に対する欲望を裏付ける、現在から過去へ向かっての "遡及的構築" ( きつい言い方をするならば捏造 ) でしかなかった という事になりますね。シャリエールは脱獄を試みていた当時はパピヨンですらない一般人シャリエールに過ぎなかったのですが、ベルブノワ、ル・ムールト、サラザン、等を参照しながら自伝的小説を書いて 過去を捏造・構築し直す過程においてパピヨンになった といえるのです。

 

なので、その著作が世界的にベストセラーとなり、死去前にスティーブ・マックイーン主演で映画公開されたのはシャリエールの欲望を大いに満たしたはずです ( この映画の撮影中のマックイーンにシャリエールが会いに行ったというエピソードがあるように  )。というのもマックイーン自身にも社会に対する反逆的英雄像を演じているところがありましたからね。

 

ここで既にで述べた "記号表現 ( 意味するもの ) / 記号内容 ( 意味されるもの )" の組み合わせに戻るなら、シャリエールにとってマックイーンとは、散在化していた蝶のイマージュをひとつの固有名詞としての記号表現へと変質化させた記号内容に相当する人間だったといえるでしょう ( 厳密にラカンに従うのなら、マックイーンも既に記号表現で媒介・置換されたものに過ぎず、純粋な記号内容ではないのですが )。つまり、パピヨンという言葉は、マックイーンによって、"蝶を名指す普遍名詞" から、シャリエール / マックイーン という人間の "固有名詞としてのパピヨン" へと変質化する "記号表現 ( シニフィアン )" であったと解釈出来るのです。もちろん、この変質化の裏側にシャリエールの欲望が隠されている事は言うまでもありませんね。

 

 

( D )

その一連の場面については『 パピヨン  下 』 著 / アンリ・シャリエール、訳 / 平井啓之 河出文庫 p. 357~362 を参照。この箇所は、先に引用した『 捕虫網の円光 標本商ル・ムールト伝 』でも奥本大三郎が言及している ( p. 206~207 ) のですが、コラージュ話でしかないのを彼に真面目に受け止めさせるくらい、シャリエールの語り口は巧妙で魅惑的なものになっている ( 奥本もシャリエールの本の "実録性" には注意を払いつつも結果的に上手く騙されている )。

 

( E )

邦訳タイトルは『 アンヌの逃走 』著 / アルベルチーヌ・サラザン、訳 / 野口雄司、 早川書房 ( 1987 )

 



 4章 マックイーンという蝶



誤解のないように言っておかなければならないのは、これはシャリエールの原作が引用・捏造・誇張によって成り立っているという倫理的な問題を指摘する記事ではないという事です。今更そんな事に僕の興味はないし、この映画と原作が "完全な事実" に基づいていると未だに信じている人がいるのも別に問題ないでしょう。この "虚構的娯楽作品" が多くの人を楽しませたのは事実なのですから。それよりも、蝶という物の "イマージュ"、その物が蝶という "記号表現" によって名指される事になる秘かな舞台裏で、人間の欲望がいかに蠢いているか、を考える事が目的なのです。

 

そのような欲望の動きは、シャリエールのみならず、他の人間一般にも当てはまる普遍的現象です。シャリエールが蝶のイマージュの中に自分の欲望を投影させたのと同様に、この映画の観客である私たちもまたパピヨンを演じるマックイーンに自分たちの憧れを投影している。それはまず何よりも蝶のイマージュが私たちの欲望を刺激するからであり、そのイマージュはあたかも客観的真実であるかのように思わせる程、私たちを捕らえている。

 

例えば、マックイーン程、その演技ではなく、服装や小物・使用した車やバイク・など、映画・プライベート問わず身に纏って使用したアイテムで現在でも記憶される俳優もそうはいない。Barbour、BARACUTA の G9 ( 高倉健もよく着てた )、軍用 A2、MA-1、などの数々のジャケット。タグホイヤーモナコ。ペルソールのサングラス。フォードのマスタングGT390、ポルシェ911フェラーリ275GTB4、バイクのトライアンフ TR6 ( 2021年6月にはそれにインスパイアされた Scrambler 1200 Steve McQueen Edition が限定発売されている )。

 

これらマックイーンを象徴する装飾品たちは、鮮やかな外見的形象としての蝶のイマージュと共通すると考える事も出来るでしょう。演技以上に外見的形象を目立たせる 〈 もちろんこれはマックイーンの演技が駄目だという事を意味するのではない ( *F ) 〉 マックイーンにおける蝶のイマージュの秘密とは、その内奥に秘密があるかのように 他者に見せかける 外見的形態 によって私たちの欲望を刺激する という事なのです。本来なら仲間を呼び寄せる性愛行動や敵から身を守るという生殖や食物連鎖の中で獲得された昆虫擬態が、人間界においては 他者に対する "幻想" が色彩豊かに具現化された "イマージュ" へと変貌している のです。

 

 

( F )

例えば、独房とそこから解放される一連のシークエンス ( 19~23 ) などは、フランクリン・シャフナーの "異世界的・SF的雰囲気を醸し出す演出" と相俟って、マックイーンの狂気的演技が垣間見える興味深いものとなっている。

 

f:id:mythink:20211212205115j:plain

 

この場合、フランクリン・シャフナーの "異世界的・SF的雰囲気を醸し出す演出" というのは『 猿の惑星 ( 1968 ) 』や『 ブラジルから来た少年 ( 1978 ) 』を思い出せば分るでしょう。本作においてもパピヨンの見た悪夢のシーンが唐突に回転していく演出 ( 23~28 )、ハンセン氏病部族の主張との対話シーン ( 29~33 ) などで、その雰囲気が現れている。

 

f:id:mythink:20211212210615j:plain

 

f:id:mythink:20211212210634j:plain

 



 5章 蝶と人間の同一性



蝶のイマージュの重要性とは、その外見を輝かせているかもしれない内的充実性にではなく、他者との関係性を築くための最初の一撃としての "外見的形象としての美" にある事を今一度認識する必要があります。そして、その外見的美しさが、実際には内実性がない仮象的なものだとしても、その空虚さ以上に他者にインパクトを与える "幻想効果" を引き起こす のです。人間はそのことに気付かない故に、外見的美しさから蝶を追い求め捕まえても、そこに内面的なものの欠如を感じて蝶の存在を捕まえ切れていない事を知るのですね。それはまさに蝶のイマージュの余白に無意識的に書き込まれた "取扱注意事項" であり、他者との関係性を築く事の難しさを示す教訓でもあるのです。

 

他者との関係性という次元において、蝶とは人間関係の上手く行かなさ、最初は情熱が持ち上がっても、次第に醒めてしまう気持ちの移ろいやすさ、儚さ、の象徴へと移行している。それは 人間関係がその一部でもある社会的象徴網の中でも最も変形しやすい脆いもの である事を示す。

 

荘子の胡蝶は、一般的に考えられているように夢か現実かの区別を脱構築する蝶のイマージュの先例なのですが、それ以前に イマージュがたんなるイマージュである事を超えて 実在性を獲得している事例である でもあるのです。それは、人間心理に大きな影響を与えるという意味でのイマージュが実在するという現実、ジャック・ラカン的に言うならば、現実以上に現実的なものである事を意味する "現実界" なのです ( *G )。

 

果たして自分は荘子であるのか、それとも蝶であるのかという "戸惑い" は、夢と現実の区別の舞台裏で秘かに顕れている哲学的真実、人間の同一性が同一性それ自体の中にある時 ( 人間のままでいる事 ) には人間はそれに確信を持てないという真理 を示している。荘子が夢の中で自分が蝶であったはず、その夢から醒めて荘子に戻った、しかし、実は自分は蝶であってそれが荘子になった夢を見ているのではないか、という疑念の変転は常識的に同一性が揺らいでいるのだと考えるのではそれ以上進めない。そうではなく、その疑念とは、同一性の論理が、同一性から外れた場所 ( 人間ではなくなる地点 ) からしか措定出来ないが故に、自己を肯定するための基盤を "脱自的に外部に求める欲望" 、つまり、人間主体を取り囲む "迂回的なもの ( 美的形象や政治的イデオロギーなど ) の媒介を求める欲望" の現れに他ならない と考え直すべきです。蝶はそのような欲望の軌跡を導く実在のイマージュとして機能している訳です。

 

ここで言う自分の外部の基盤がイデオロギー的に現れているのが、人間の性的同一性の多様化がジェンダー政治的主張として声高に叫ばれる今日的状況です。ここにあるのは欲望が極度に政治化された享楽であり、性的なものとその性差そして同一性という諸々の包括的関係が人間に与える 快楽を楽しむ根源的欲望は猥褻なものとして無視される ( 例えば、政治的主張をする傍らで性的欲望など語るに足らないものであるかのように振舞う一部のフェミニズム )。

 

蝶のイマージュは、欲望を、人間の外見的形象への愛着、そして 人間の同一性を画定させる政治的振舞い、にだけでなく、性差を横断して身体を味わおうとする肉体的振舞い、に対しても貫流させ、それらが固定化されそうになるとそこをすり抜け気まぐれに ( 気まぐれであって "否定" ではない ) 飛び去って行く。

 

そのような人間の同一性を固定化させようとする諸々の傾向性をすり抜ける蝶のイマージュは文学や映画の領域でもよく目にしますね ( H )。というよりかは、強力な蝶のイマージュが様々な領域に横断的なインスピレーションを与えるアイデアの源泉となっている様子が歴史的に見て取れるというべきでしょう。

 

その強力な例が「 蝶々夫人 」を巡る歴史的創作物の変遷です。それは有名なジャコモ・プッチーニのオペラのみに独占されるものではありません。遡ると、プッチーニはイギリスで観た デヴィッド・べラスコ の戯曲「 蝶々夫人 ( 1900年 ) 」に影響されたのであり、そのべラスコはその二年前に ジョン・ルーサー・ロング の小説「 蝶々夫人 ( 1898年 ) 」を読んでいた。そして、そのロングに影響を与えたのが ピエール・ロティ の小説「 お菊さん ( 1887 / 93年 ) 」であるという流れがあります ( I )。

 

それら一連の流れがプッチーニの「 蝶々夫人 」においてオリエンタリズム的欲望に基づいて最高度に洗練化されたのは間違いないし、芸術における形骸的な紋切型として確立されてもいるのですが、この流れに異質な要素を持ち込んだのが デヴィッド・ヘンリー・ファン による戯曲「 M・バタフライ ( 1988 ) 」です。プッチーニの「 蝶々夫人 」が男性の女性に対する欲望が露呈されるオリエンタリズムの芸術化であったとするならば「 M・バタフライ ( 1988 ) 」は男性の女性に対する欲望が男性自身の幻想に他ならない事を示す究極の自己回帰的欲望の劇場化であるといえるでしょう ( J )。

 

つまり、男性の女性に対する欲望が、生物学的差異を無意識に前提とする "男性 / 女性" の社会的幻想に基づくものであるならば、それに対して主体を超える "性的領域" は社会が生物学的差異を根拠にしなければならないという定言法からは逸脱する ( 侵犯とは違う ) 自由という "剰余の欲望" を生み出すのであり、人間の性的同一性が社会的イデオロギーに過ぎない事を暴くのです。生物学的性差構造があるとしても、性別があるのが事実だとしても、"性" は人間を同一性の範疇に落とし込むものではなく、むしろ人間を "多様性" に向けて突き進ませる "横断的強度" であると哲学的に考えなければ、「 M・バタフライ ( 1988 ) 」のラストは、人間が社会的抑圧によって敗北する悲劇 ( 性のみに限らない社会的同一性に対する忠誠 ) から逃れられないとう帰結しか引き出さなくなってしまう。

 

デヴィッド・ヘンリー・ファンの戯曲「 M・バタフライ ( 1988 ) 」の性的モチーフは デヴィッド・クローネンバーグ の映画「 エム・バタフライ ( 1993 ) 」へと引き継がれるのですが、それは今日のフェミニズムや家父長制、人種主義者、などあらゆる政治的主張をする人間が未だ囚われている人間的同一性のイデオロギーを転覆させる "脱同一性的な欲望の自由な動き" をクローネンバーグ流の不気味な猥褻さで描いている。そのような人間的同一性の固着からすり抜ける "蝶のイマージュ" は、プッチーニのオペラから逃れ、ウジェーヌ・ル・ムールト、アンリ・シャリエールやスティーヴ・マックイーン、そしてチャーリー・ハナム ( マイケル・ノアー版『 パピヨン ( 2017 ) 』でのパピヨン役 ) からも逃れ、捕まえられる事なく自由に飛び去って行くのでしょう 〈 終 〉。

 

 

 

( G )

ラカンは『 精神分析の四基本概念 』の中で "目と眼差しの分裂" を軸にデカルトのコギトと共に荘子の胡蝶について語っている。

 

夢における我われの位置は、結局のところ本質的には見ている人の位置とは言えないほどです。主体はどこに至るのかを知らないままについて行きますが、場合によっては我にかえって、これは夢だと言うこともできます。しかし、デカルトの「 コギト 」において主体が思考として自らを把握するような仕方では、主体は夢の中で自らを把握することは決してできないでしょう。「 これは夢にすぎない 」と呟くことはできるかもしれません。しかし、「 それでもやはり、私はこの夢の意識だ 」というほどに自らを把握することはありません。

 

ジャック・ラカン精神分析の四基本概念 ( 上 ) 』ジャック=アラン・ミレール 編、小出浩之・新宮一成・鈴木國文・小川豊昭 訳、岩波文庫 ( 2020 ) p.167

荘子は目覚めると、むしろ蝶々の方が荘子になった夢を見ているのではないかと、訝ります。彼はそもそも二重の意味で正しいといえます。第一に、このことが彼が狂人ではないことを証明しているのですが、彼は自分が絶対的に荘子と同一であるとは思っていないからです。そして第二に、彼はそれほどうまく言えたとは思っていないからです。実際、自身の同一性の何らかの根のところで自らを捉えたのは、彼が蝶々であったときでした。つまり、実際、彼は蝶々固有の色で描かれた蝶々であったから、いやむしろ本質においては今もそうであるからこそ自分自身を捉えることができたのです。そして、それだからこそ、究極の根においては彼は荘子なのです。

 

前掲書 p.168

 

もう少し正確に言うならば、ラカン荘子の胡蝶について語るのは、"夢と現実の関係性" を考えるためであり、そこで彼はフロイトの夢解釈における燃えている息子の夢を見る父親の話に言及する事によって "夢という現実" を説明する。

 

この夢には『 夢解釈 』の中でのフロイトの説、つまり夢は欲望の実現であるという説の確証のために持ち出されたのではないと思わせる何かがあります。〈 中略 〉。

 夢の機能が眠りの延長であるならば、そして夢はそれを呼び起こした現実にこれほどまで接近することができるならば、眠りから離れることなく夢はこの現実に答えている、と言えないでしょうか。結局、夢には夢遊病的な作用があるのです。それまでフロイトが示してきたことから我われがここで立てる問い、それは「 何が目覚めさせるのか 」ということです。目覚めさせるもの、それは夢「 という形での 」もう一つの現実にほかなりません。

 

ジャック・ラカン精神分析の四基本概念 ( 上 ) 』ジャック=アラン・ミレール 編、小出浩之・新宮一成・鈴木國文・小川豊昭 訳、岩波文庫 ( 2020 ) p.128~129

 

 

上記の "夢と現実の関係性" について考えた記事については以下を参照。

 

 

( H )

例えば、エドマンド・スペンサー の詩『 Muiopotmos, or the Fate of the Butterflie ( ムイオポトマス、あるいは蝶の運命 ) 』、ルイス・キャロ鏡の国のアリス 』の有名な言葉遊びである Bread and Butterfly ( バター付きパン蝶 )、 Butterfly ( 蝶 ) がよく登場する エミリー・ディキンソン の詩、蝶好きな昆虫学者の側面を持つ ウラジーミル・ナボコフ ( 翻訳や少女などルイス・キャロルと関係性が色々とありますが … )。W・G・ゼーバルト移民たち 』の butterfly man ( 蝶男 )、円城塔 の『 道化師の蝶 』など。映画では マリオン・ゲーリング の『 Madame Butterfly ( 1932 ) 』がある。そして歌舞伎・文楽の『 蝶の道行 』もここに付け加えることが出来るでしょう。

 

( I )

蝶々夫人の様々な作品ヴァージョンの出現とその背景については以下の著作を参照。 

 

このピエール・ロティの『 お菊さん 』から、ロング、べラスコ、プッチーニの『 蝶々夫人 』への展開、さらにはパウル・レーヴェンの小説『 バタフライ 』( 一九八八 ) や、デイヴィッド・ヘンリー・ファンの戯曲『 M・バタフライ 』( 一九八八 ) を例とするようなその後の多彩な変容を一望すれば、一度成立した日本女性のイメージが、一定の価値を与えられたあと、まるで通貨のように欧米に広がり、最初は専門家や趣味人に、のちには一般の人々に使用されてゆく経緯が明白に読み取れる。その経緯は、サイードオリエンタリズムの成立と発展において指摘したプロセスに相応するものだといえる。

 だが『 お菊さん 』や『 蝶々夫人 』に関する従来の研究は、個別研究がほとんどで、日本女性像の歴史的展開を「 蝶々夫人 」の系譜として統一的にとらえたものが見当たらない。本書のねらいは、第一にその系譜を明らかにすること、第二に、なぜその系譜が生まれ、必要とされ、現代に至るまで、さまざまな分野で新たなヴァリエーションやパロディを輩出しているのかを検証することである。そのためには、各作品に描かれた女性像の考察だけでは不十分であろう。もしも、従順で献身的で貞節な女性が欲望されているとしたら、それはなぜなのかを問題にしなければならない。

 

小川さくえオリエンタリズムジェンダー 「 蝶々夫人 」の系譜 』法政大学出版局 ( 2007 ) p.7~8

 

 

( J )

この辺りの哲学的考察については以下の記事を参照。