〈 It / Es 〉thinks, in the abyss without human.

Transitional formulating of Thought into Thing in unconscious wholeness. Circuitization of〈 Thought thing 〉.

▶ スタンリー・キューブリックの映画『 アイズ ワイド シャット 』( 1999 )を哲学的に考える〈 2 〉

 

f:id:mythink:20210116104859j:plain



 上記 ( 前回 ) の記事からの続き。

 



 5章 〈 夢 〉という現実

 

キューブリックが面白いのは、夢や幻想を現実であるかのように仕立て上げる所です ( 例えば『 博士の異常な愛情 ( 1964 ) 』のラストなど )。正確に言うならば、夢がそのまま現実へと滑らかに接続されているので、それが夢であったのかどうか分からない …… というか上手すぎてそんなことどうでもよくなる。普通ならば、それは夢であったと分かるような演出がされているか、最初からすべて現実 ( あるいは夢 ) でしかない、というふうになるのですが、キューブリックの場合、夢や幻想であるかもしれないと観る人に思わせつつも、それがそのまま現実に移行していく という特徴がありますね ( 『 時計仕掛けのオレンジ ( 1971 ) 』のベッドに横たわるアレックスのシーンなど )。

 

そのように乱交パーティーが夢ではなく現実であったかのように裏付けるビルとヴィクター ( シドニー・ポラック ) の会話劇。個人的には、館の乱交パーティーの場面より、トム・クルーズシドニー・ポラックの2人の俳優 ( ポラックは監督でもありますが ) による室内での会話劇による進行の方が見応えがあって好きです ( 構図もいいですし )。

 

f:id:mythink:20210116112516j:plain

f:id:mythink:20210116112531j:plain

f:id:mythink:20210116112549j:plain

f:id:mythink:20210116112606j:plain

f:id:mythink:20210116112627j:plain


館で自分の身代わりに女が殺されたと信じていたビルだが、それは誤解で、女は薬物依存で亡くなったとヴィクターから教えられたビルだが、腑に落ちない ( 57~60. )。帰宅するビル ( 61. )。ベッド眠るアリスの傍らにある仮面を観て驚く ( 62~64. )。この場面を見て、アリスも乱交パーティーの館にいたのかと思う人もいるかもしれませんが、そこは ビルの罪悪感が現れている"取りあえず" は考えるべきでしょう。仮面はビルがあの場にいたことをアリスになおも隠そうするとする心の蓋の象徴であり、それが目に見えてビルは動揺しているという訳です。故に、ビルは自分の欲望をアリスに告白してしまう ( 65~68. )。

 

f:id:mythink:20210116112649j:plain

f:id:mythink:20210116112703j:plain

 



  6章  ビルの告白は正しかったのか?

 

しかし、ビルの告白は正しかったのでしょうか? ここで "正しかったのか" というのは、告白しないで黙ったまま開き直るとか、とにかく誤る姿勢が大事だなどという礼儀の問題を考えるためではありません。そうではなく、欲望を告白することは、事態を果たして丸く収める "形式" であるのか、という事なのです。

 

道徳心に苛まされて自分の欲望を告白したビルは一見、すっきりしたように思えるかもしれません。しかし、アリスは果たしてそれで納得するのでしょうか。告白された欲望の奥にはまだ告白されていない欲望があるに違いないと疑うだろうし、実際にそう思うのは正しいのです。つまり、欲望には際限がないのであり、欲望の告白は欲望の解消を意味しない のです。

 

そうすると、相手に全面的に許されるのでないのなら、"欲望の告白" とは、いかなる意味を持つというのでしょう。それは、まさに、内容ではなく、欲望の告白という "形式" こそが意味を持つという事です。その形式は、許しを請おうとする相手への精神的服従の証だ と考える事が出来るでしょう。キリスト教における告解が、神との和解という建前のもとで、神への服従を意味するように。それはまさにキリスト教的主体として自分を打ち立てる事でもあるのですね。

 

ならば、夫婦間における欲望の告白とは、どう考えるべきなのか。ビルの立場からすると、告白とは、まさに アリスへの精神的服従を意味する といえるのです。でも、最初に海軍士官との妄想を告白したのはアリスじゃないかと言う人もいるかもしれませんが、それを文字通りの告白だと受け止めるのはナイーヴ過ぎます。それは、ビルの告白を引き出すための虚を突いた最初の一手だと考えるべきです。

 

最初から、アリスの振舞いは、ビルに対する精神的服従を求める無意識的メッセージの変奏でしかなかった。ビルはそれに対して無意識的に抵抗していたのです。そう考えると、ビルの館などで貞操を守ったのは、彼自身の道徳観念からというよりも、アリスの反応を恐れての事に過ぎなかったというのが本当のところでしょう。場面65~66. のビルの必要以上の情けない姿にそれが現れていますね。彼はアリスに精神的に屈服したのです。

 

以上の事を考慮すると、ほとんどの人が解釈出来ないラストのアリスの『 ファックをしなきゃ 』と言う場面の意味を理解するのはそう難しくありません。アリスはビルが彼女に精神的に屈服した事が分かったのです。だから、それまで乗り気でなかったセックスをしてあげると言っているのです ( ビルを卑屈にさせる意味で俗語的なファックという言い方をしている )。決して夫婦の絆を取り戻したなどというハッピーエンドではありません ( このシークエンスの会話の主導権がアリスにある事から分かるように )。素直にしてれば、あなたの溜まった欲望を私が満たしてあげるという訳なのですね、恐るべきことに …… 〈 続く 〉。

 

f:id:mythink:20210116081212j:plain

 

 

 

 以下 ( 次回 ) の記事に続く。