哲学的抽象機械

Philosophical Abstract Machine

ロマン・ポランスキーの映画『 ローズマリーの赤ちゃん 』( 1968 )を哲学的に考える

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監督 : ロマン・ポランスキー  

公開 : 1968

原作 : アイラ・レヴィン

出演 : ミア・ファロー      ローズマリーウッドハウス

   : ジョン・カサヴェテス   ガイ・ウッドハウス

   : シドニー・ブラックマー  ローマン・カスタベット

   : ルース・ゴードン     ミニー・カスタベット

   : ラルフ・べラミー     サプスティン

 

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この記事は、よくある味気ないストーリー解説とその感想ではなく、『 ローズマリーの赤ちゃん 』の哲学的解釈と洞察に重点を置き、"考える事を味わう" という僕の個人的欲求に基づいたものです。なので、深く考えることはせずに映画のストーリーのみを知りたい、あるいは映画への忠実さをここで求める、という方は他の場所で確認されるのがよいでしょう。

 

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 1. 消滅する夫婦関係

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a.   ローズマリーの赤ちゃん 』は主人公のローズマリーが悪魔の子を身篭り、出産してしまうという悪魔主義的モチーフが主題の映画だと受け止められている事がほとんどでしょう。それ以外には、ローズマリーのマタニティブルーによる被害妄想という解釈があるくらいですね。

 

b.   サスペンスホラーの源流とでもいえるこの映画の悪魔主義については、他に任せるとして、ここではローズマリーのマタニティブルーを発端として、夫婦関係が消滅する過程が暗示的に描かれているという方向で解釈を進めていきたいと思います。

 

c.   夫婦関係の消滅といっても、形式的にに離婚していなくとも、相手への信頼や愛情が既に無くなっているという意味での "心理的破綻" を示しているという事です。ただ、この映画ではそれが最初から露骨に示されている訳ではなく ( むしろ仲睦まじい様子が描かれている )、ローズマリーが妊娠の前後から夫への不信を募らせていくのですね。この不信がよく表されているのが、悪魔とのセックスシーンです。夫に不信感を抱きながらも性的なものに抗う事が出来ず、恍惚感を味わうローズマリーが悪魔の幻想を産み出しているといえるでしょう。

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d.   そして重要なのは、ローズマリーが夫に対して表立って自分の不満をぶつけるのではなく、身篭った子供を守るというアリバイによって、自分を取り囲む人間関係から逃げ出すのを最初に選択するという事です。妊娠の前後から絡んできた人間関係 ( 色々と口出ししてくる隣のカスタベット夫妻と彼ら側に付く夫 ) よりも、身篭った子供との関係性の方が優先するという訳です。つまり、そこでは新しい生命が宿るという経験が、彼女を規定する、もっと分かりやすく言うなら彼女自身を生まれ変わらせようとしているのです。

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e.   その事が彼女を不安にさせ、周囲から逃げ出そうとさせたのですが、結局、連れ戻されそこで子供を産む事になってしまう。

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  2. 夫婦関係から母子関係へ

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a.   子供が死産だったと伝えられ、嘆くローズマリー

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b.   ローズマリーを慰める夫のガイ。ローズマリーのこれまでの言動をヒステリー性の妄想だとして片付けようとする。ここで注意すべきなのは、この映画が、悪魔主義を隠すべくガイに分析医の診断を語らせる事によって、却って悪魔主義の現実性を浮かび上がらせている、つまり、ローズマリーの疑惑が本当であったというオチを選んでいるという事です。

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c.   通常であればこの種のサスペンスホラーは、主人公の周囲への疑惑は妄想に過ぎなかった、あるいは妄想なのか現実なのか分からない、という形で話を終わらせるのが定番なのでしょうが、この映画は主人公の妄想が本物であったという現実性を、言い換えると精神分析ジャック・ラカンが言う "現実界" ( 不可能なことが起きるという現実以上に現実的な効果 ) を、オチに持ってきているのです。

 

d.  その事が、この映画を単なるサスペンスでもなければ、単なるホラーでもない特殊な映画たらしめている訳なのですが、同時にそれは夫婦関係の消滅過程が描写されている事を、この映画の隠れた本質にしてしまっているのです。実際に、ローズマリーが子供を捜して悪魔的結社の集会場所に辿りついた時、子供は殺さないように頼んでおいたと言うガイに彼女は唾を吐きかけるのですね。その後、悪魔の相貌の子供に驚きながらも、悪魔主義的連帯の雰囲気の中で育てていく事を決意するのですが、それは夫と子育てをするくらいなら、悪魔的主義的連中と手を結ぶ方がマシという、それこそ悪魔的な選択をしたという意味でもあるのです。

 

e  つまり、最初は夫と悪魔主義的連中から逃げ出す事を選択していたのが、最後には夫を捨てられるのなら彼らと手を結ぶという非情な選択へと移行している訳です。ここには夫婦関係から母子関係への移行が秘かに描かれている1のであり、1人の女性の精神的自立 ( 良い意味でも悪い意味でも ) の過程でもある2と言えるでしょう。

 

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1

   夫婦関係から母子関係への移行についての考察は、『 ローズマリーの赤ちゃん 』にオマージュが捧げられている ノイズ( 1999 ) について書いたこちらの記事を参照。

 

2

*   ミア・ファローは本作が撮影された1968年にフランク・シナトラと離婚している。そして、この映画がサスペンスホラーであるにもかかわらず、今では一部の女性達の間でミア・ファローの髪型3やファッション4 に注目して彼女をファッションアイコンとする見方がありますね。つまり、彼女を映画の文脈から切り抜いて象徴的女性にしようとしている訳です。ユニセフ親善大使、ダルフール紛争に対する社会活動、養子の奨励、などのこれまでの彼女の社会的振舞いを考慮に入れると、そこに自立的女性像を見て取る人達がいても不思議ではないという事ですね。

 

3

   いわゆるピクシーカット。ヘア・スタイリストの先駆けであるヴィダル・サスーンが、この映画に出演する彼女の髪をカットしたのは有名。

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   ローマの休日 』のオードリー・ヘップバーンや『 悲しみよこんにちは 』のジーン・セバーグも披露している。ジーン・セバーグが同作で演じたセシル役にちなんでセシルカットとも呼ばれる。先程上述した『 ローズマリーの赤ちゃん 』にオマージュを捧げた映画『 ノイズ 』( 1999年 ) に出演したシャーリーズ・セロンもセシルカットにしています。

 

4

   ここにはこの映画で衣装デザインを担当したアンシア・アルバートの影響が強く出ています。よく観ると、主要登場人物達の服装がやたらとオシャレだなと気付くはずです。本作でミア・ファローはシャネルの2.55 ( バッグの事 ) を使用しているくらいなので。悪魔主義を題材にした映画なのに、登場人物はラグジュアリーな服や小物で装いされているというこのギャップ ( 笑 )。映画製作の舞台裏が垣間見えますね。

 

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