It ( Es ) thinks, in the abyss without human.

Not〈 I 〉 but 〈 It 〉 thinks, or 〈 Thought 〉 thinks …….

▶ ベルナルド・ベルトルッチの映画『 暗殺のオペラ 』( 1970 )を哲学的に考える〈 1 〉


初めに。この記事は映画についての教養を手短に高めるものではありません。そのような短絡性はこの記事には皆無です。ここでの目的は、作品という対象を通じて、自分の思考を、より深く、より抽象的に、する事 です。一般的教養を手に入れることは、ある意味で、実は "自分が何も考えていない" のを隠すためのアリバイでしかない。記事内で言及される、映画の知識、哲学・精神分析的概念、は "考えるという行為" を研ぎ澄ますための道具でしかなく、その道具が目的なのではありません。どれほど国や時代が離れていようと、どれほど既に確立されたそれについての解釈があろうとも、そこを通り抜け自分がそれについて内在的に考えるならば、その時、作品は自分に対して真に現れている。それは人間の生とはまた違う、"作品の生の持続" の渦中に自分がいる事でもある。この出会いをもっと味わうべきでしょう。

 

 

 

 

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監督  ベルナルド・ベルトルッチ
公開  1970年
原作  ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『 裏切者と英雄のテーマ 』
出演  ジュリオ・ブロージ    ( アトス・マニャーニ )
    アリダ・ヴァリ      ( ドライファ )
    ティノ・スコッティ    ( コスタ )
    ピッポ・カンパニーニ   ( ガイバッツイ )
    フランコ・ジョヴァネッリ ( ラゾーリ )

 



 

 ベルトルッチのこの作品『 Strategia del ragno 』の邦題『 暗殺のオペラ 』は同じくベルトルッチの『 暗殺の森 』( 原題『 Il conformista 』) に寄せたものなのでしょう ( A )。確かにヴェルディのオペラ『 リゴレット 』が映画中に使用されているので、『 暗殺の森 』と絡めた折衷的なタイトルも分からなくもないですが、残念ながらこの作品の醍醐味は幾分か失われているといえますね 。

 

■ というのも原題の『 Strategia del ragno 』( 『 蜘蛛の策略 』とでも訳せるでしょう ) を十分に考慮すると、ベルトルッチが原作である ホルヘ・ルイス・ボルヘス の小説『 裏切者と英雄のテーマ 』からストーリーの基本的枠組みを借りながらも、ひねりを加えて彼独自の作品に仕上げている事が分かるからです。

 

( A )

暗殺の森 』については次の記事を参照。

 

 

 

 

■ ここで『 暗殺のオペラ 』を解釈するのに先立って、少し長くなりますが、ボルヘスの『 裏切者と英雄のテーマ 』について話しておきます ( ①~⑥ ) 、後で役に立つでしょうから。

 

① わずか数ページのこの哲学的超短編ボルヘスは、G・K・チェスタートン ( ブラウン神父シリーズの探偵小説で知られる ) と予定調和説を唱えた哲学者ライプニッツを念頭に考えたと言って話を始める。語り手のライアンは、19世紀のアイルランドで起きた反乱 ( 革命 ) の首謀者であるキルパトリックの伝記執筆を行う・・・。といってもそれは、あくまでボルヘスによる設定に過ぎず、ライアンが話を進める訳ではなく、実際にはボルヘス自身が語り手となっている。分かりにくいかもしれませんが、ライアンという人物がこういうことを言った、こう考えた、こうした、とボルヘスが語る形で話が進むという事です。

 

② ライアンは、伝記執筆中に、キルパトリックらによる反乱が、ただの犯罪的なものではないことに気付く。キルパトリックは劇場で暗殺されたが、警察はその犯人を突き止めることが出来なかった。しかし、歴史家によると、それは警察自身が彼を殺したからだという。

 

③ 反乱者たちにとっての英雄であったキルパトリックの死体から、劇場に行くのは危険だと書かれた封の切られていない手紙を警察が発見する・・・ここからライアンは、キルパトリックと同じく、殺される直前に、警告が書かれた紙を読まなかったユリウス・カエサルの姿を重ね合わせる。キルパトリックはキルパトリックになる以前はカエサルだったと考えるようになる。

 

④ そして、キルパトリックの同志であったノーランという人物がシェイクスピアの戯曲『 ジュリアス・シーザー 』( ラテン語であるユリウス・カエサルの英語読み ) をゲール語に訳していて、ここにライアンは円環的な関係性を見出す。彼の手稿の中には、数千人の俳優による演劇に関するものがあり、それはキルパトリックが殺されるに至る反乱の内幕を描いた市中演劇だった。

 

 反乱者たちの会議の中でノーランは裏切者を告発する。裏切者は議長である英雄キルパトリックだった ( 内容は分からない )。キルパトリックは死刑宣告されたものの、彼の卑劣さが外にバレて反乱が失敗するのを危惧したノーランは、大舞台で英雄キルパトリックが暗殺者によって殺されるという計画を用意する。キルパトリックもそれを受け入れる。英雄のままで殺されることによって民衆の間での反乱の機運を高めようとするその計画は実行され、キルパトリックは殺された。

 

 ライアンは、ノーランのこの手稿を将来、誰かに真実を知らせるためのものだったと考えるが、これを読む自分もノーランのシナリオの一部であると理解する。悩んだライアンは、この件については沈黙することにした。

 

■ さて以上の『 裏切者と英雄のテーマ 』から、何を読み取るべきか。今ある事象が既に過去の事象の反復である円環的なものなのか、あるいは現在の事象は既に過去の事象に含まれていてその延長に過ぎない予定調和的なもの ( 厳密に言うなら、これはライプニッツの予定調和説とは違うのですが ) か、という哲学的法則なのか。

 

■ いや、その解釈はこの短編を余りにも文字通りに受け止めすぎている。言い換えると、その内容を事実であると無意識的に認めている、という事なのです。もちろん、暗殺の内幕は分からない、というのが事実なのですね。カエサルが殺され、キルパトリックが殺された ( 彼の場合は架空の人物設定なので話がややこしいですが ) という事象しか分からないのです。

 

■ ということは、ここにあるのは、キルパトリックが殺されたという事象の裏には、こういう真実があったのだ、と 未来から思わせようとする遡及的投影効果を引き起こす "文学的虚構" でしかない、という事なのです。キルパトリックの同志であるノーランが未来の読み手であるライアンに虚構の真実を発見させ、キルパトリックの曾孫であるライアンがこの虚構の真実を発見した事を、この短編の書き手としてボルヘスが語るという "円環的入れ子構造" が "文学的虚構" によって可能になっていると読み取るべきなのです。"文学的虚構" を "歴史の事実" の中の間隙に嵌め込んで歴史を娯楽的な角度から再活性化させようとするボルヘスの作家としての文学的欲望によってこの試みは為されている のですね ( B )。以上のことを踏まえて、『 暗殺のオペラ 』について話していきましょう。

 

(B )

もちろん、このような文学的欲望はボルヘスだけのものではありません。歴史的事実を文学的虚構によって再構成した作品は、それこそ現在に至るまできりがない程作り上げられている。違う言い方をするならば、文学的虚構は、歴史的現実の力を借りて、自らの欲望を高めようとしているのですね。それは結果として、徹底して娯楽に留まるものもあれば、現実に危険なくらいに接近して、歴史を歪めるイデオロギーとして機能するものもある。

 



 

■ さて、ベルトルッチはこの映画で、先に述べたように、過去の出来事について現在語られる "真実" が、実は現在から過去に遡及的に投影される "文学的虚構"、つまり、"真実の仮象を纏った偽の真実" に過ぎない、というボルヘスの手法を用いて、1930~40年代イタリアのファシズム期を舞台にした物語を描き出します。

 

■ ファシズム運動の英雄だった父の元愛人ドライファからタラという町に招待されたアトス。アトスの父は反ファシズム運動に関わり、劇場で暗殺されたことを明かす。

 

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■ なぜ自分を呼んだのかというアトスの問いに偶然だったと答えるドライファ。アトスに暗殺の犯人を探してほしいと訴える。

  

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■ おそらく、以上の冒頭の下りを見た見たほとんどの人は、ドライファが言っているのを本当の事だとして気にも止めない。いや、この映画を見終わっても気づかない人がほとんどでしょう ( 彼女の発言のすべてが嘘だとは言えませんが )。しかし、原題の『 Strategia del ragno ( 蜘蛛の策略  )  』を念頭に置いておけば、罠が、この時、既に張り巡らされている事が分かるはず。蜘蛛は獲物を捕らえる時、自分から仕掛けるのでななく、予め張っておいた糸の罠に獲物が引っ掛かるまで動かない。糸に絡まって動けなくなってから蜘蛛は獲物を仕留める。この場合の獲物とはアトスに他ならない・・・・・。