〈 It / Es 〉thinks, in the abyss without human.

Transitional formulating of Thought into Thing in unconscious wholeness. Circuitization of〈 Thought thing 〉.

備忘録 2021. 4.30. 『 生命と境界 』

 

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 ナショナルジオグラフィック日本版の記事より

 

■ 生命の謎を解き明かす - ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版 ( 緑文字・下線は引用者である私によるもの )

 

「生命とは一体何か、そして生命でないものとの違いは何なのか?」このようなことを考えた経験はあるだろうか?明治大学の末松信彦准教授は約20年間、ひたすらこの問いに向き合い続けている。だが、先生は生物学者ではない。化学者として生体物質を使わずに、生物のようなパターンや行動を再現しようとしているのだ。そして興味深いことにこの研究は進めば進むほど生きているものとそうでないものの境界線を曖昧にしていく。 

末松先生の研究分野は「人工生命」にあたるが、先生が目指すのは、新たに生命をつくることや、無生物に生命を与えるといったことではない。「生物を生物たらしめている基本的なメカニズム」を解明したいという思いから、可能な限りシンプルで制御できる実験を設計している。

巨大な岩や風になびく葉っぱとは違い、生物は自力で動くことができる。そう、動き回ることは生物の特徴の1つである。この「自律運動」が末松先生の主要な研究テーマとなっている。

 

 

末松先生は3人の研究者とチームを組んで、長い間追い求めていたある現象を発見して、2016年に論文を発表した。先生たちは、油と水といったありふれたものと、ベロウソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応と呼ばれる化学反応を利用して、生き物のような動きを再現することに成功した のだ。このBZ反応非線形化学反応に分類される。「非線形」とは、システムがすぐに平衡状態、つまり釣り合った状態にならないことを意味する。そのため、異なる2つの化学状態の間をくり返し往来することができる。この振動現象こそが生き物のようなふるまいを示す正体 なのだ。そして、生き物に餌を与え、排泄物を処理して世話するように、このシステムに新しい反応物を供給したり、生成物を取り除いたりすることで、その振動はいつまでも持続できる。ここで思い返してみてほしい。ニューロンの発火、心臓の鼓動、さらには蛍の明滅など、これらはすべて「振動」なのだ。振動はありふれた現象でありながら、生命の重要な鍵を握っている。つまり、化学振動反応というアプローチは生物のようなふるまいを再現したいという末松先生の狙いに対しうってつけの手法であった のだ。

 

 

もちろん生物とは単に動き回るだけのものではない。あらゆる場面で、しばしば互いに影響を与え合っているものだ。そのため、末松先生はさまざまな集団運動の研究も行っている。

先生が集団運動を研究する際に使うシンプルなものがある。「しょうのう円板」だ。これは、「しょうのう」というワックス状の物質を薄く円形に形づくったものである。しょうのう円板を水に浮かべると、しょうのうの分子はゆっくり水に溶け出すが、溶ける速さにはゆらぎがある。そのため、最初は円板の周りに一定の大きさで働いていた表面張力も次第に不均一になり、円板が移動してしまう。これは、自律運動のもう1つの例である。

ここで、複数の円板を水に浮かべると、さらに面白い現象が起こると末松先生は気づいた。低密度の場合、円板は連続的に動いていくが、これが高密度の場合だと異なる。その動きは「止まった!」と思ったら次の瞬間、急発進する、といった具合で断続的に速さが振動するのだ。末松先生はこの数密度による運動の変化を「自己駆動粒子のクオラムセンシング」と呼んでいる。

クオラムセンシングは多くの生物で見られる現象だ。個体が集まり、密の状態になることで、それぞれの個体自体の性格が変わり、個が協調的な役割を発揮することがある。そして各々の個体がアンテナを張るように感知能力を持っており、これが働くことで、集団全体が協調的に活動するようになる。同じような現象が生き物でもない「しょうのう円板」で観察できたことが大変興味深い。さらに、末松先生たちは現象を発見しただけでなく、数理モデルを構築し、「速度の変化」や「運動モードの切り替え」が起こるメカニズムを特定することにも成功した。

 

 

末松先生は、さまざまな無生物系で現れる自律運動の仕組みの解明や、集団運動の研究を続けている。多くの生物が周囲の変化を感知し、それに適応する能力を持っているように、人工的に創り出したシステムにおいても、環境と相互に影響を与え合う。そのような相互作用を見つけ出し、その役割を明らかにすることが、先生のもっともやりたいことのひとつである。 

 

 

 



 生命と生命でないものの境界

 

 この記事で興味深いのは、末松信彦氏が自らの研究において、"生命と生命でないものの境界" について意識的になっているという事です。通常であれば、生命を維持する諸々のシステムの研究があくまで生物という個体内における現象であるという境界画定に無意識的に受け入れたものになっています。

 

 これは、精神分析・哲学において人間概念を無意識的に支える大文字の他者 ( 神 ) に相当するものとして "大文字の生命" がまず人々の根幹にある事に通じています。生物学において、どれ程、生物と無生物との差異、あるいは生命と生物の差異、が考察されていても、そこには、既に、"生命という大文字の活動体" がある事が前提とされているのです。つまり、生物とは生命という現象の中で発生した出来事 ( 個体という ) でしかないのであって生命 生物 ではない、違う言い方をすると、生物は生命の中でしか発生しないが生命は生物の中に限定されない、という事なのですね

 

 この、生命は生物の中に限定されない、の考え方を可能にするものが、ベロウソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応を利用した末松氏の研究だといえるでしょう。生物における振動現象 ( ニューロンの発火、心臓の鼓動、など ) が無生物 ( しょうのう円板による実験 ) によっても確認できるというのは、生命現象が生物の中だけに現れるのではなく無生物の中にも現れている という生命に関する脱構築的考察を可能にしてくれるものなのです。