哲学的抽象機械

Philosophical Abstract Machine

佐藤祐市の映画『 累 かさね 』( 2018 )を哲学的に考える〈 2 〉

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 佐藤祐市の映画『 累 ーかさねー 』( 2018 )を哲学的に考える〈 1 〉 からの続き

 

 

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4.   サロメの系譜

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a.      『 累 ーかさねー 』の中で上演される『 サロメ 』( 1893 ) はアイルランドの作家オスカー・ワイルド ( 1854 ~ 1900 ) の戯曲なのですがこれは新約聖書におけるマタイ伝マルコ伝の話を基本的モチーフにしています【 しかし福音書の記述にはサロメの名前は出てきません ( サロメは母親であるヘロディアの娘としか記述されていない )【 そこではサロメは未だ主要人物とはなっておらず福音書の中ではヘロデ王その妻ヘロディア洗礼者ヨハネの3人の枠組みで話が進んでいくのです

 

 

b.   その3人の中でサロメがどのような役割を果たしているかというとヘロデ王の誕生日祝いの饗宴の座で踊りを披露してヘロデ王を喜ばせます気を良くしたヘロデ王娘に褒美として望みのものを聞くのですがここでヘロディアはそれを利用し娘に「 ヨハネの首 」と言わせるのですロディアヘロデ王との結婚が近親相姦だとして非難したヨハネを恨んでいたのでお分かりのようにここでは娘は "サロメ" という主体ではなく母親ヘロディアの従順な道具でしかないのですヨハネの首を載せた盆を母親の所に持っていくという具合に

 

 

c.   その後サロメ西洋美術史において対象として様々な変遷を経ながら痕跡を残していきます面白いことに最初は "サロメの踊り" その対象になっていなかったというこれについて井村君江は次のように言っています

 

 

"   11世紀頃までは「 聖ヨハネの斬首 」→ 「 サロメが首の載った皿を運び 」→ 「 それを王妃に渡す 」ー これら以外の場面のサロメ像としてサロメの踊り 」はなかった

 サロメの踊りが描かれた古いものはドイツのヒルデスハイム大聖堂のものであろう円柱の周りを巡るように彫られたレリーフがあるのだがサロメは両手を広げそれを空中に漂わせるように踊っている

 これ以後13~4世紀までに多く見られるのが「 逆立ちで踊るサロメ 」であるのは興味深いまずイタリアのヴェローナにあるサン・ゼノ・マジョーレ聖堂門扉にはニコッロとギグリエルモ作 ( 11世紀 ) といわれるブロンズのレリーフ〈 聖ヨハネの生涯 〉があるこのヘロデの宴会の場面に踊るサロメが彫られているがサロメは頭と足を床につかんばかりに二つに折り身体を弓なりに曲げ体を丸く曲げて芋虫のように見える

 一方14世紀のフランスルーアン大聖堂の入り口の門扉の上半月のタンパンのレリーフには〈 ヘロデの宴会 〉が彫られているこれには通称〈 逆立ちで踊るサロメ 〉として知られるサロメ像が描かれている両手を床につき両足を上げ足首を曲げるポーズである " 

サロメ図像学 』 井村君江 あんず堂  2003年 p110~112.

 

 

 

ルーアン大聖堂 聖ヨハネ門の破風 ( タンパン )

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d.   ここに彫られたサロメの踊りこそ19世紀のフランスの作家ギュスターヴ・フローベールの小説『 ヘロディアス 』でサロメのダンスシーンを書かせるきっかけになったものですc. で述べたようにサロメは美術の世界では様々な形象となってきたのですが文学の世界で具体的対象 ( 主体 ) となるにはフローベールを待たなければならなかったそして19世紀末のフランスにおいてサロメという対象によって作家のフローベールと共鳴したのがもう1人のギュスターヴ画家のギュスターヴ・モローなのです踊るサロメとそこに現れたヨハネの首を描いた〈 出現 〉は余りにも有名ですね彼の "サロメ" はフローベール以上に影響力があったといえるでしょうサロメファム・ファタール ( 宿命の女 ) の系譜に位置付けるのに成功しているという意味でそして2019年の現在ギュスターヴ・モロー展 -サロメと宿命の女たちー 』が日本の各地 ( 東京大阪福岡 ) で巡回しているので興味のある方にオススメです

 

 

 

ギュスターヴ・モロー 〈 出現 〉1876   

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e.   フローベールの『 ヘロディアス 』において初めてサロメのダンスは具体的に記述されるのでありここにサロメの主体化の萌芽があるのですサロメの官能的ダンスはその場にいる男達を性的に刺激し興奮させる様子は物語のクライマックスにふさわしいフローベール的筆致の極みとなるつまり官能性ですら客観的文体で描写するというフローベール的抑制が逆説的にも却って興奮を高めていると言えるのです少々長くなりますが引用しておきましょう

 

 

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" 物腰のひとつひとつがこぼれるため息となり全身これ悩ましさといった風情で神を思って泣いているのか神の御手にいだかれて息も絶えんとしているのかわからないほどである瞼は半ば閉じ腰をくねらせ波打たせるように腹をゆすり両の乳房をふるわせる顔はじっと動かぬまま足先はなおも拍を踏む

〈 中略 〉

 それは幻ではなかったロディアスはカエラスから遥か遠いかの地で我が娘このサロメしかるべく仕込んでおいたのだったアンティパスはこの娘に夢中になることだろうその考えは的中したもはや間違いない

 それから思いを遂げんとする愛の狂乱の場が始まったインドの巫女のように大瀑布のほとりに住むヌビアの女のように酒神に仕えるリディアの巫女のように舞は続けられた嵐になぶられる一輪の花もかくやと思うほど前に後ろに右に左にその身はしなりのけぞった耳にきらめく石は跳ね背中の絹は五色に光る腕から足から衣装から目には映らぬ火花があふれ男たちを燃えあがらせる竪琴が一鳴りすると満場に歓声が沸き起こった娘は膝を伸ばしたまま両足を開き顎が床に触れそうなほど深々と身をかがめた節制を旨とする遊牧民放蕩に慣れたローマ兵も吝嗇な税務官も論争で気を荒立てていた祭司たちも皆が鼻孔をふくらませあの娘をわがものにできればと胸を高鳴らせた

〈 中略 〉

 娘は逆立ちになり踵を宙に躍らせると巨大なスカラベのように演壇を渡っていったそしてぴたりと止まった

 うなじから背骨にかけての線が直角をなしていた脚をつつむ色あざやかな袴は肩の上に虹のように落ちかかりその下に浮かぶ顔は床から一キュビトほどの高さにあった唇には虹が差され眉はくっきりと黒く目はほとんど恐怖すら感じさせた額にきらめく汗の雫は大理石に結ばれた露のようであった

 娘は口をきかなかったふたりは見つめ合った

 歩廊で指を鳴らす音がした娘は上へと上がってゆき再び広間に姿を現したそしてわずかに舌足らずな発音で子供のようにあどけなくこう口にしたのだった

「 ではここへ持ってきてくださいなお皿にのせて首を・・・・・・

 一瞬その名が出てこなかったがやがてにっこりとして言った

「 ヨカナーンの首を 」

 アンティパスは愕然としてその場にくずれおちた" 

 

 ロディア 谷口亜沙子 訳 光文社古典新訳文庫 p205~208. フローベール三つの物語から

 

 

 

f.   このようにフローベールは聖書の逸話に肉付けを施し文学にまで見事に昇華させましたしかしサロメのダンス描写は『 ヘロディアス 』の全てを象徴しているのではありませんよく知られるようにフローベールは自分の創作スタイルとして実証的資料を精査するという前準備を行っていましたこのスタイルは『 ヘロディアス 』にも表れていてそこでは資料に基づいて古代ユダヤ史を文学的に構成し直すつまり実証的エクリチュールを用いて事実に近い所でテクストを織り直しているのですそれが『 ヘロディアス 』という訳です

 

 

g.   ここで大切なのは実証的エクリチュールといってもそれは科学的なものではないという事ですもしそうであるのならそれはフローベールが熱読したジュール・ミシュレのような歴史学と何ら変わりないものになってしまうここで言う実証的エクリチュールとは限りなく事実であるかのような文学的表現であるという事ですこれに伴ってフローベールの文体を説明する際によく使われる客観的描写という言い方は次のように理解される必要があるでしょう

 

 

h.   フローベール物事をたんに客観的に記述するためだけの客観的描写を用いているのではなくある事実 ( 例えば『 ヘロディアス 』におけるユダヤ古代史ルーアン大聖堂のサロメ)ある事物 ( 『 聖ジュリアン伝 』におけるルーアン大聖堂のステンドグラス ) などの実的契機に創造的物語の糸を紡ぎ足すために客観的描写を用いていると考えるべきです詰まるところそのような創作的手法は文学的テクストという虚構物に現実性を纏わせるという文学創作における作家の欲望の源泉のひとつになっているといえるでしょう

 

 

i.   フローベールの『 ヘロディアス 』においてサロメは主体の萌芽として描かれたのですが物語の重心は依然としてキリスト教が生まれ出ようとする古代ユダヤの政治宗教的動向を描く事にあったのは間違いないでしょうつまり実証的エクリチュールによる古代ユダヤ史の文学的編集ですしかしフローベールのこのような創作的方法の傍らでサロメという1つの主体が誕生する契機が生まれましたそしてこの契機を拾い上げて "サロメ" を主体として誕生させたのがオスカー・ワイルドなのですそれについては次回で考えていきましょう

 

 

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   ただしマタイ伝とマルコ伝には若干の相違があります井村君江が『 サロメ図像学 』でまとめてくれているので参照しましょう

"   まず「 マタイ伝 」によればヘロデがヨハネ処刑を決するのは王は誓ったことを実行するという威光を示すためであり( 「 その誓と席に在る者とに対して之を与ふることを命じ・・・」)また斬首を執行することを王が躊躇するのはヨハネ預言者だと信じている群衆の反感を恐れてのことである

 しかし「 マルコ伝 」ではヘロデ王ヨハネを畏怖しておりその言の真なることを認めていたので処刑を実施することは王の心に反することだとなっている

 〈 中略 〉

 また「 マタイ伝 」ではロディアスの娘は前もって母にヨハネの首を要求するよう命じられているが「 マルコ伝 」ではこの考えは王の褒美の約束ののち母と娘との問答を経て現れてきている前者ではヘロディアスがこの事件を初めから仕組んでおり後者ではその場の成行きから彼女の意図がはからずも実現し思っていた結末を招くことになる" 

 

サロメ図像学 』 井村君江 あんず堂  2003年 p19~20.

 

 

   サロメの名前が出てくるのは先史時代のユダヤを記録したフラウィウス・ヨセフスの『 ユダヤ古代誌古代の記録として貴重な書物ですがそこにはヨハネの処刑については書かれていてもサロメの踊りについての記述はありませんいやそもそもサロメの踊りが特権化されるのは後の時代の事であって福音書でも僅かに述べられているだけなのを考えると記述がないのは当然といえば当然

 

 

   サロメのダンスについての詳細な学術的分析に興味がある方はサロメのダンスの起源 』 大鐘敦子  慶応義塾大学出版会 2008年 p81~112. を参照

 

 

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 佐藤祐市の映画『 累 ーかさねー 』( 2018 )を哲学的に考える〈 3 〉 に続く

 

 

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