読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Life Without " Thinking " ・・・ Is Boring!

〈 思考する事 〉の無い人生なんて・・・退屈。〈思考する事〉・・・自分自身への教育。

◆ ジャン・ジュネによる美しいレンブラント論〈 小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの 〉について【 1 】

◆思想 ◆マイナーBOOKS

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

 

新潮文庫の『泥棒日記』で有名なフランスの作家ジャン・ジュネが1967年に発表したレンブラント〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉は小作品でありながら、ジュネの独特な哲学的思考によって、青年期を抜け出した自らの人生を、お気に入りの芸術家レンブラントと絡み合わせながら織りなした美しい傑作だといえるでしょう。現代企画室から鵜飼 哲による訳で出版されている『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』に所収されているこの作品について、今回は考えてみますね。 

    

        f:id:mythink:20170320092837j:plain

                                 ジャン・ジュネ (1910 ~ 1986)

 

一般的に知られているジュネの相貌は老年期のものなので、その老成した男が男娼であったという事実を信じられない人もいると思います。しかし、この若かりし頃のジュネを見ると、普通の青年であった事が分かるでしょう。最も、自分がイケメンでない事はジュネ自身も認めていましたが。しかし、服の着こなしを見ると洒落た所もあり、そこはフランス的なものを感じますね。この写真では、コートの襟を微妙に立てるという小技を何気なく使っている。完全に立ててしまうと、やりすぎ感が出てしまうのですが、このバランスが格好いい。当時、ジュネと近かったジャン・コクトーやジャン・ポール・サルトルなどもスーツ姿が決まっていました。ひらたく言うと、格好をつけていただけという訳ですが、着こなし(単に高い服を着るという意味ではないけど)に無頓着な知識人よりも、普通にそれが出来る方が〈センス〉が感じられて僕的には好感が持てます。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

1. 『小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの』という長すぎるタイトルについて

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この長すぎる異様なタイトルについては、『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』の訳者、鵜飼 哲による訳者付記を参照しましょう。サーカスの綱渡り芸人だったアブダラが自殺した事(1964年)にショックを受けたジュネ (アブダラはジュネの恋人だった) が、当時書いてあったレンブラント論をすべて破棄し、便器に流してしまったという。この話は、作家ゴイティソーロの妻がジュネのアシスタントをしていた時に、彼に語ったものらしいのですが、実際に便器に流してしまったかどうかは微妙だなと個人的には思いましたね。だってある程度の分量の草稿を破って実際に流すととしたら、詰まってしまうでしょう・・・。まさか、詰まらないように毎日、小分けにして流すマネなんてしないだろうし。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain なぜ、こんなつまらない話をするのかというと、〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉というタイトルは、テクストの実際の成立過程とは逆の地点、つまりその後の〈未来〉から投げ込まれたものですが、〈過去〉の時点で作品になるかどうかも分からない草稿が果たして、その〈未来〉を待っていたかどうかという哲学的推理をしようとするならば、草稿が破られて便器に流されたという話を実際のものとして即物的に受け止めていては、その試みは難しくなるからですつまり、草稿が破られて便器に流されたという話は、たとえそれが実際の話だとしても、〈象徴的なもの〉として理解される必要があるという事ですね。

 

 

2.『小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの』の成立過程への哲学的考察 Ⅰ.

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain それではテクストの成立過程を見ていきましょう。そもそもは、レンブラントについての草稿から抜粋された2つの文章が、アブダラの自殺による破棄〈以前〉アルジェリア戦争中(1954~1962年)に、ある雑誌に別々のテクストとして〈既に〉発表されていたという経緯がまずありました。その後、アントナン・アルトー全集の編集者だったポール・テヴナンがジュネの2つの文章の事を思い出し、前衛文芸雑誌『テルケル』に発表する事をジュネに提案し、その際、2つの文章が同じ頁上に2つの欄としてあるという特異な形式で掲載される事になった(1967年)という訳です。〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉というタイトルも、その時に付けられという。こう書くと一見、違和感のないストーリーのように思えますが、幾つか考える点がありますね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain まず、レンブラントについての草稿から2つの文章が抜粋された、という言い方だと、まるで〈1つ〉のテクストの草稿から2つの文章が抜粋されたかのような印象を受けますね。しかし、この見方だと、草稿は形式的には、〈1つのもの〉として〈既に〉完成されていたという事になります。〈1つのもの〉として〈既に〉完成された草稿から2つの文章を抜粋して、わざわざ別々の文章として、発表するだろうか(編集者の介入の仕方という問題が仮にあったとしても)という疑問が起きますね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そうすると、次のように考える事が出来ます。〈1つのもの〉としての草稿は完成されていなかった。2つの文章を抜粋する事が出来るというのは、草稿が幾つもの断章の集まりに過ぎなく作品として完成されていなかった、と。よくある話ですね。そして、この未完の草稿が数年後の1967年に『小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの』というタイトルを与えられて完成されたと考えれば、魅力的な話だといえるでしょう・・・。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain しかし・・・〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉も、それ以前に発表された2つの文章も、基本的には、同じもの。それ以前に発表された2つの文章は、アルジェリア戦争中(1954~1962年)のものであり、『小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの』は1967年の発表。その間の1964年にアブダラの自殺があった訳ですが、ジュネがショックを受ける程の事件であったにも関わらず、その前後に発表されたテクストが同じであるとは、どういう事なのか・・・。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain つまり、それが意味する所は、アブダラの自殺(1964)により、ショックを受けたジュネがレンブラントについての草稿を破り捨てたものの、それ以前に発表されていた(1954~1962)2つの文章が、草稿の〈残り物〉として、後年、〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉(1967)として陽の目を見る事になったというストーリーには矛盾が見られるという事です。

なぜなら、草稿が破り捨てられる以前から、テクストは2つの文章でしかなかったからです。もし〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉が、2つの文章という形式にこだわらないものであったなら、草稿の〈残り物〉としてジュネが思い出しながら書き起こしたかもしれないと考えられるのですが、『小さな真四角・・・』は、その特異な形式から分かる通り、以前に発表したままの2つの文章という形式への強いこだわりが見られます。これは草稿の〈残り物〉どころか、草稿〈それ自体〉であるとさえ言えるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain という事は〈残った物〉とは、直接的な意味で草稿の事ではない(全く関係ないという訳ではないが)と考えるべきです。〈破棄〉という言葉に囚われ、〈残った物〉を草稿と解釈するのは、1967年のテルケル掲載時の完成形テクスト『小さな真四角・・・』からの過去への遡及的投影に他ならないでしょう。1. でも言及したように、それでは即物的過ぎるのです。『小さな真四角・・・ 』は、アブダラの死による草稿破棄というストーリーを主軸として解釈するのではなく、もっと別様に、より〈思弁的〉に解釈する必要があるように思われますね。

 

 

3. 『小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの』の成立過程への哲学的考察 Ⅱ.

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain では、別様に解釈するにはどの点から考え直すべきでしょう。〈残り物〉が草稿ではないとしても、それならば、その草稿をどう位置付けるべきなのかという問題が残りますね。〈残り物〉についての思弁的考察を行う上で、草稿は〈残り物〉存在論に思考する為に必要な最低限の実存的基盤であるからです。つまり、〈残り物〉について考えるには、〈草稿〉との関係性も未だ考える必要があるという事です。この〈草稿〉が、形式的にどのようなものであったか、未完成の断章であったのか、は実際の所、分からないと言う事しか出来ないでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain しかし、〈残り物〉存在論的に思考する上で、〈草稿〉を実存的に確定する事の出来る1つの可能性がありますね。それは、〈草稿〉〈既に〉発表されていた。それこそ、『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』に同収されているテクスト、レンブラントの秘密〉(1958年発表) だと、僕は推測します。あくまで、推測ですけどね。もちろん、〈草稿〉の〈全て〉が発表された訳ではない。〈草稿〉の内、発表されたのが〈レンブラントの秘密〉であり、残りは発表されていない。それこそが、あの2つの文章、今日では〈小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの〉と呼ばれているものですね。つまり、そこにあった〈物たち〉とは、1つの作品になろうとしたものの、そこに収まりきれず分裂し増殖した〈草稿たち〉であったという訳です。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain それらの短い草稿をひとつのものとしてまとめる事が出来なかった事は、ジュネの整合力の無さによるというより、それこそがジュネの特徴であるとさえいえるのです。つまり、至る所に生え、至る所から繁殖していく、〈思考〉の雑食性が彼の中にはあるのであり、それはストーリー性のあるはずの小説だろうと、おかまいなく忍び込んで、〈雑草〉として自らを増殖させていくという極めてドゥルーズ的なテーマの最たる例となっていて、彼の小説の中に見られる思弁的叙述がその事を物語っていますね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そう、ジュネの中では、〈思考〉はアカデミックに育まれたものとしてあるのではなく、〈思考〉が〈雑草〉として生活の中で繁茂して、その生域を確保していたという訳です。ジュネにおいて〈思考〉の実存的形式は、〈雑草〉に他ならなかった。ジュネにおける哲学的思弁性の由来を問う声がありますが、それは〈雑草〉の由来を問うのと同じくらい、意味の無い事でしょう。〈雑草〉は気付いたら、至る所にいつの間にか生えている。それが示す哲学的様態は、ドゥルーズの言う所の〈中間的なもの〉に他ならない。それは何処にも属さない。まず思考する事から始めるのではなく、何処に向かうのでもなく、〈中間的なもの〉に留まり、そこを住処とする事。その時、人は〈思考〉の最中にいる。この〈中間的なもの〉は、後ほど述べますが、ヘーゲルとの比較において大きな意味を持つと言えます。

話を戻すと、勝手に増殖していく雑草性のために、ひとつにまとめる事ができなかった事例が、レンブラントについての幾つかの草稿であり、分かりやすい解釈を許さない小説作品だったという事になるでしょう。

 

 

 

f:id:mythink:20170122223619j:plain

 

 

次回へ続く

 

 

f:id:mythink:20170327082241j:plain

 

 

 

◆ 僕を楽しくさせるカルト映画〈 ザ・ヤクザ 〉

■ CINEMA【カルト】

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

 

f:id:mythink:20170320101651j:plain

 

公開1974年 監督シドニー・ポラック 原案:レナード・シュレイダー

脚本ポール・シュレイダー、 ロバート・タウン

製作総指揮俊藤浩滋

出演高倉健 ( 田中健 ) ロバート・ミッチャム ( ハリー・キルマー )

  :ブライアン・キース ( ジョージ・タナー ) 

  :ハーブ・エデルマン ( オリヴァー・ウィート )

  岸恵子 ( 田中英子 ) 岡田英次 ( 東野 )

      :ジェームス繁田 ( 田中五郎 "健の兄" ):郷 鍈治 ( スパイダー "五郎の息子" ) 

      待田京介 ( 加藤二郎 )

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 『 ザ・ヤクザ ( The Yakuza ) 』 というタイトルが示すように、田中健( 高倉健 )とハリー・キルマー( ロバート・ミッチヤム )という違う国の男同士の関係をヤクザ(というより任侠と言った方がいいでしょう)の世界における "義理" という概念で現し、その世界を垣間見せようとする映画です。今回はこの映画について考えていきましょう。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

 

1. 任侠イデオロギーとしての〈 ザ・ヤクザ 〉

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170109034324j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain〈 ザ・ヤクザ 〉に対するよくある反応は、監督がアメリカのシドニー・ポラックだという事だけで、外国人が作った割りには良く出来ているとか、所々で過剰な演出はあるものの任侠というものの扱いが結構分かっているとか、いう所でしょう。もちろん、このような見方は日本的なものを扱う外人に対する日本人の見方です。外人だけど結構、日本の事分かってるね、という感じですね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain しかし、この外人が日本人であれば、日本的なものを扱う日本人という訳で、日本の事を分かっているのは当然だという事になりますね。何が言いたいかというと、この映画の製作に当って、シドニー・ポラックが自分色に染める事が出来た部分は僅か(シドニー・ポラックの映画を見たことがある人なら、この映画には僅かしか彼のカラーを見出せないと思うはず)であり、大部分が日本の、いや東映の任侠的イデオロギーで占められているという事です。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain その東映任侠的イデオロギーの中心にいたのが、東映の任侠映画製作の筆頭であった俊藤浩滋(この映画においては製作総指揮)と、原案がレナード、脚本がポールの、日本通のシュレイダー兄弟であり、撮影場所もまさに仁侠映画にふさわしい東映京都撮影所であった(すべての撮影という事ではないですが)という訳です。この任侠的イデオロギーの要素の強調を果たして、シドニー・ポラックが望んでいたかどうかは微妙な所だと思われますね。この部分に関しては、やはり、俊藤浩滋がその豪腕でもって、シュレイダー兄弟と共に任侠カラーを強く主張した( ポラック、あるいは配給先のワーナーブラザーズに対して )と考えるべきでしょう。〈ザ・ヤクザ〉というポラックなら付けそうにもない露骨なタイトル、高倉健さんを印象付けようとする田中健という配役名、などにその一端が現れていますね。

 

 

2. フィルム・ノワールとしての〈 ザ・ヤクザ 〉

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ではポラックは、どのような映画を撮りたかったのか、という仮定の話を考えてみるのも 面白いでしょう。ここで参考になるのが、もう1人の脚本家のロバート・タウンです。ロバート・タウンといえば、ロマン・ポランスキー〈 チャイナタウン(1974) 〉ブライアン・デ・パルマミッション:インポッシブル(1996)〉などで脚本を担当しているように、フィルム・ノワールやサスペンスものが得意ですね。特にフィルム・ノワールに特徴的な登場人物のモチーフである探偵、そしてファム・ファタール(運命の女)は、この映画に当てはまるといえるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain フィルム・ノワールの虚無感を体現する探偵役のロバート・ミッチャムファム・ファタール(運命の女)としての岸恵子ここにロバート・タウンを起用したポラックの狙いがあったするのは的外れではないでしょう。

f:id:mythink:20170109022511j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ファム・ファタールの要素に、ポラック的手法である人間(男女)関係を交差させる事(代表的な所では、彼の映画である〈愛と哀しみの果て〉。ここでは田中花子を巡る夫の健とハリーの関係)によって物語を進行させるという特徴を加える事によって彼なりのフィルム・ノワール的映画を作ろうとしたといえるでしょう。

 

 

 

3. 任侠映画でもフィルムノワールでもなく・・・カルト映画としての〈 ザ・ヤクザ 〉

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain もちろんポラックの試みは中途半端なものになっているのは言うまでもないのですが、その要因は東映の任侠イデオロギーとの折合いが上手くいってない、いやそれどころか押し切られているという所にあるのはお分かりでしょう。ポール・シュレイダーとかは、ポラックのストーリー構築の手法(先に述べた人間関係の交差による物語の進行)が理解出来ずに、ラブストーリーを導入しようとしていると非難したくらいですから。しかしポラックによる田中花子を巡る健とハリーの複雑な関係性がなかったら、この映画は単なる海外向けの東映任侠映画でしかなく、ポラックが監督をする意味は全く無かったでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そんな状況でもポラックは、東映任侠イデオロギーと折合いを付けるべく、田中健とハリー・キルマーの関係を、ハリーが健に感じた負い目 (健を花子から遠ざけ、彼の娘までを死なせてしまった事) を清算すべく指詰めするという形で描き上げたというのは、仕方のない帰結だったのかもしれませんね。

目の前で健の指詰めを見ておきながら知らないふりをしても、日本の流儀の異文化性を浮彫りにするだけだし、かといってハリーが指詰めをしても、日本の流儀が似合わない外人の部外者性がつきまとうだけに終わったという難しさがそこに残る訳です。

 

     健さんの指詰めシーン。やはりサマになっています。

f:id:mythink:20170108234030j:plain

 

ハリーことロバート・ミッチャム指詰めシーン。

痛さが伝わってこない・・・。やる気あるのかな(笑)。

f:id:mythink:20170108234249j:plain

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この和洋折衷とでもいうべき〈ザ・ヤクザ〉は、映画の内容だけでなく、製作の舞台裏でも和洋間の微妙な力関係が働いていたわけですが、出演・製作者のほとんどが亡くなられた現在では、 この映画をひとつの娯楽作品として楽しむ事が適当なのでしょう。幾つかの力関係の中で作られてたこの映画は、年月の経過と共に視聴者にアナクロニズムを感じさせるものになっていますが、まさにそこを含めた〈カルト映画〉として味わう事こそが、ひとつの楽しみ方だという訳ですね。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

◆ 僕を哲学的に考えさせる映画〈 ヒメアノ~ル 〉

■ CINEMA【サスペンス】

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

 

f:id:mythink:20170320103416j:plain

 

公開:2016年  監督:吉田恵輔  脚本:吉田恵輔  原作:古谷実

出演:森田剛 (森田正一)  :佐津川愛美 (阿部ユカ)

  :濱田岳 (岡田進)   :ムロツヨシ (安藤勇次)

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

オープニングクレジットが上映開始から43分後に出てくるという効果的な演出が凝っている〈ヒメアノ~ル〉。もちろんこれは、それまでコメディー的要素のあった前半の物語が、岡田進(濱田岳)と阿部ユカ(佐津川愛美)が結ばれている事を知った(部屋の外の森田にまで、行為中の声が聞こえている)森田が明確に岡田を殺そうと決めたのをきっかけとして殺人行為が満載になる後半へと切り替わっていく事を示していますね。

観る人によっては、森田正一の感情の壊れた殺しっぷりについていけないかもしれませんが(もしそうなら、そう思わせるだけ森田剛の演技が凄まじかったという事ですね)、この映画について哲学的に考えていく事にしましょう。

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

1. 〈衝動〉によって結びつく〈性行為〉と〈殺人行為〉

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この映画の最大の見せ場は、岡田と阿部による〈性行為〉と森田による和草浩介(駒木根隆介)と婚約者の久美子(山田真歩)に対する〈殺人行為〉が細かく交互に映し出されるシークエンスだといえるでしょう。もちろん、このふたつの〈行為〉は別々の場所で起きているのですが、ふたつの行為が交互に映し出される事によって、まるで〈繋がり〉があるかのように見せていますね。人によっては、このシークエンスを二つの行為の〈並列〉だという見方をするかもしれませんが、それでは、観る人の性的快楽を交差的に刺激するエロチックなものという帰結以上のものをそこから引き出すのは難しいでしょう。

 

f:id:mythink:20170320105904j:plain

f:id:mythink:20170320105923j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain では、どのような意味で繋がっているといえるのでしょう?監督の吉田恵輔は「日常と非日常、コメディとサスペンスが融合する映画のキーとなるシーン」と言っています(※1)〈繋がり〉どころか〈融合〉と言っている所が興味深いですね。〈繋がり〉であれば、ふたつの〈行為〉は各々の形式を保ちながら、接続されるという所なのでしょうが、〈融合〉とは、各々が自らの形式を捨て相互に浸透していくというイメージになるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain とはいえ、ふたつの〈行為〉は、表面的には違う行為なのだから、〈融合〉とはどのような位相でそうなるのか考える必要がありますね。そのためには精神分析でいう所の衝動(欲動)の概念を参考にしましょう。〈性行為〉における〈衝動〉も〈殺人行為〉における〈衝動〉も両方とも、最終的には身体における局部的な性器という器官において得られるオーガスムによって〈性的快楽〉へと転化してしまっているのです(※2)

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そしてこの性的快楽以前の〈衝動〉の位相においてこそ、未だ区別も分化も知らない無差別的なものとしての〈衝動〉がカオス的に在るという意味で〈融合〉が可能になると言えるでしょう。つまり、〈性行為〉と〈殺人行為〉は社会性や日常性という視点では別物であっても、哲学的、あるいは精神分析的には、快楽以前の人間存在の原初の〈衝動〉という意味では共通しているのです。監督の吉田恵輔は、おそらく無意識的でしょうが、その事をこの映画で暴き出していると言えるでしょう。なのでこの映画は、一見すると倫理的に耐え難いように思えるかもしれないけど、実際には、人間という生物の原初の〈衝動〉を扱った存在論的な映画だと考えられるのです。

 

 

2. この映画の無意識性・・・

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この映画での森田正一の犯行の原因が学生時代の強烈なイジメにあるという描かれ方は原作の漫画とは違う、という指摘が見られる事がありますね。漫画の森田はそれこそ外部の原因に関係なく自分の異常性に気付く点が彼の怪物性を際立てたせています。しかし、ある意味で人間を超えた〈衝動〉という無差別性の概念をここで導入するならば、犯行の動機を外部に求めようが自分に求めようが、犯行の残酷性という点からすると、彼が自分の中に抱え込んでいた〈衝動〉の獰猛さについては変わりないのではないかと考えられますね。仮に森田の殺人行為の動機がイジメであったとしても、彼は既にイジメの報復以上の行為を犯している訳であり、それどころか殺人行為そのものに快楽を覚えているという点からすると、イジメというトラウマは自らの殺人行為を正当化するために森田の中で保持されているアリバイに過ぎないというべきでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain つまり、殺人行為を平然と為す森田に対して、アリバイになるような原因を提供する構成というのは、無意識的に彼に感情移入し過ぎているのです、あるいは感情移入させるような無意識的操作になっている。森田剛に周囲を突き放すような無感情的で驚くべき演技をさせておきながら、最終的には観客に彼に感情移入させるような構成は無意識的であれ、この監督の計算高さと同時に力技を示していると言えるでしょう。

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 岡田を連れて逃げる森田( 18.19.)。車で逃走中に犬を避けようとして電柱に激突してしまう( 20.21.22.)。この衝撃で森田は、岡田とゲームなどをして遊んだ過去への退行現象が出てしまう( 23.)。

f:id:mythink:20170320105951j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 警察から車の外に引きずり出される森田。その右足は肉が削れて骨だけになっているというちょっとしたホラー状態( 25.)。連行されながらも「また遊びに来てよ」という笑顔の森田、壊れています( 26.)。車に残された岡田は、かつて森田と遊んだ少年時代を回想する( 27.28.29.)。ここで、森田の家の庭先に飼われている犬が先程、車で逃走中に避けた犬と重なって いる事は言うまでもありませんね( 30.31.)。

f:id:mythink:20170320110009j:plain

 

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

(※1)

(※2)

岡田と阿部の性行為は当然の事として、森田の場合は、殺人後に自慰行為をするという点を説明として付け加えておきましょう。まあ、この自慰行為自体は、最初の殺人のシーンでしか描写されていませんが、以降の殺人でも同じだと考えるのが妥当でしょう。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

◆ 僕を楽しくさせる異形のアルバムジャケット〈 パンテラ 〉

◆MUSIC

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

2016年12月8日は、へヴィメタルバンド、PANTERA (パンテラ) のギタリストだったダイムバッグ・ダレル (本名:ダレル・ランス・アボット) が、パンテラ解散後の新バンドであるダメージプランでの演奏中に観客に射殺 (※1) されてから12年目の日になりますね。享年38歳の早過ぎる死でした。       

         f:id:mythink:20170326232733j:plain

 

それまで音楽ファンの間では、12月8日といえば、ジョン・レノンの命日でしたが、少なくとも、僕の中では、この事件以来、12月8日はダイムバッグ・ダレルの命日となりましたね。それ程、パンテラの音楽は、若い時の僕に衝撃を与えました。最も、それは僕だけじゃなく、リアルタイムでパンテラの音楽を聴いていた連中は誰もがそうだったはずです。そして誰もが感じていた・・・音楽のトレンドが変わりつつある現場に立ち会っている、と。

つまり、それまでアンダーグランドの音楽シーンの中で流通していた"獰猛なへヴィネス" の概念をメジャーシーンに向けて解き放ったという事です。もっと分かりやすく言うと、"へヴィネス"を音楽シーンにおけるひとつの基準にさせる事に成功したという事です。

彼らが1994年に発表したアルバム、 Far Beyond Driven (邦題 "脳殺" ) 』はキャッチーさがこれっぽちもない獰猛なアルバムなのに(強いて挙げれば、ブラックサバスのカバー "Planet Caravan" が唯一キャッチーなくらい) アメリカのチャートで1位(※2)を獲得している程です。

ここでは、そんな彼らのアルバムジャケットについて語ってみますね。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

パンテラがメジャーデビューしてからのアルバムのアートワークを紹介しましょう。

 

 

1. パンテラの〈へヴィメタル〉アルバム

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

 

f:id:mythink:20170326231352j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 1990年に発表されたメジャー第1弾が『 COWBOYS FROM HELL 』です。アートワークだけを見ると、4人の兄ちゃん達がカジノバーみたいな所にいるだけの何じゃこりゃって感じなのですが、このアルバムの内容こそが、アートワークの単調さなんか吹っ飛ばしてしまう程の衝撃を与えましたね。特にアルバムタイトルにもなっている" Cowboys From Hell " は、当時、どんな奴にも影響を与えずにはいられないってくらいの迫力でした。今風に言うと "神曲" という事になるでしょうか。ヴォーカルのフィリップ・アンセルモの攻撃的な歌唱が象徴するように一見乱暴なバンドパフォーマンスなのですが、演奏自体は非常にタイトであり、そしてなおかつダレルによる歪んだギターサウンドの、つぶれる事のないクリアな音作りが注目されるなど、へヴィなバンドサウンドが既にメジャークラスであった事が分かりますね(※3)

     

     " Cowboys From Hell " from 『 COWBOYS FROM HELL 』

     

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 1992年に発表されたメジャー第2弾が 『 VULGAR DISPLAY OF POWER (邦題 "俗悪")』。このアルバムのアートワークもダレル風の男がぶん殴られているというよく分からないものですが、前作同様、名曲揃い( "Walk" "Fucking Hostile" など)の内容が素晴らしい。特に有名なのが "Mouth For War "。MVでの聴衆を含めての暴れっぷりがいい(笑)。

     

     " Mouth For War " from 『 VULGAR DISPLAY OF POWER 』

     

 

 

こちらはLIVE版。" Heresy " から " Mouth for War " 。激しいのに演奏が乱れない。技術の高さが分かる。1992年で皆若いから、とにかく元気がいい。それにしてもダレルのギターの音がクリア過ぎる!

     

 

 

 

2. パンテラの〈ハードコアメタル〉アルバム

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 『 COWBOYS FROM HELL 』『 VULGAR DISPLAY OF POWER 』の2作品は、それまでのへヴィメタルをアグレッシヴにモダン化したという意味で、伝統的なメタルの延長線上に生まれたものだといえますが、メジャー第3弾の『 FAR BEYOND DRIVEN (邦題 "脳殺")』においては、もはやへヴィメタルという形式に囚われないパンテラ独自のアメリカ南部からのハードコアと呼べるであろう音楽を創り上げています。そんな強烈さを示すがごとくアートワークも迫力あるものになっているし、個人的には音楽性だけを考えるならば、一番のお気に入りです。実際、パンテラの作品の中でも音楽的にも、メンバー間の関係性においても、最も緊張感が高まっていた傑作だと思うのは間違いないと思いますね。このアルバム以後、メンバー間の結束が徐々に崩れていくにつれて、発表されるアルバム自体のインパクトが弱まっていったといえるでしょう(1曲毎の作りはさすがというべきなのですが、全体性という意味では弱まっているという事ですね)。 

f:id:mythink:20170326231417j:plain

f:id:mythink:20170122214855j:plain 『 FAR BEYOND DRIVEN (邦題 "脳殺")』というタイトルについて考えてみましょう。通常だと、"driven" は、drive の過去分詞形、あるいは形容詞になるのですが、意味としてはよく用いられる "動かす" ではなく、アートワークから推測して、"打ち込む"、"掘る"、"貫通させる" という意味である事が分かりますね。そうすると、この場合、"driven" は形容詞 (過去分詞) の名詞的用法 (the は省略されているけど) だと考えるのが一番意味が採りやすい。つまり、文字通りに訳すなら打ち込まれる事をはるかに超えて という意味になりますね。

それだけでは、意味がはっきりしないので、もう少し解釈します。ドリルが頭蓋骨に打ち込まれているというアートワークが与える以上の "衝撃" をパンテラは自分達の音楽で強力に示している、それこそが "FAR BEYOND DRIVEN" という意味になっているという訳ですね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain と解説したものの、実は上のアートワークは発禁処分されたオリジナルの差替え分です。オリジナルはこちら。 

f:id:mythink:20170326231448j:plain

f:id:mythink:20170122214855j:plain アナルにドリルがぶち込まれているという衝撃のアートワーク!こりゃ発売禁止になるわ。まさか尻が頭蓋骨に変わっていたとは!ここまでくると、アルバムの中身を聞く以前に衝撃を与えすぎて、普通の人は引いてしまうでしょう(笑)。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 『 FAR BEYOND DRIVEN 』からの曲 " 5 minutes Alone "

歌詞の内容が、後に世間に彼の悪名を轟かせてしまう人種差別的要素(※4)が彼の中に既にあった事を暗に仄めかすものになっています。この曲に象徴されるように、評価の高い音楽性とは裏腹に、歌詞だけ読んでいると、どうしようもなく暗澹たる気持ちになる曲のオンパレードです(悲)。その意味で、本作品はパンテラの中でも最も凶悪なものである事は間違いないでしょう。それはまるで地の底でへばりつき、身動きが出来ない中で、怒りと憎悪が激しくのたうちまわっているような印象です。よくこんな詩が次から次へと書けたなあ、と変に感心するばかりですね。まるでロートレアモンの『マルドロールの歌』ですよ(いきなり文学になってすみません)。

      

      " 5 minutes Alone " from 『 FAR BEYOND DRIVEN 』

     

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain こちらはLIVE版の " 5 minutes Alone " ですが、メンツが凄すぎる。リードギターがスレイヤーのケリー・キングリズムギターが、エクソダスゲイリー・ホルトアンスラックススコット・イアン。ベースがアンスラックスフランク・ベロ、ドラムも同じくアンスラックスチャーリー・ベナンという豪華すぎる布陣。そんな中でもフィルの存在感は彼らに負けていないのはさすがというべきか。もちろん演奏力だけで見ると本家にはかなわないが、そんな事抜きで楽しめます。

     

 

 

 

3. パンテラの〈サザンロック + ハードコアメタル〉アルバム

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 1996年発表のメジャー第4弾『THE GREAT SOUTHERN TRENDKILL (邦題 "鎌首")』。アルバムのアートワークとしてはこれが1番好きです。ただし、音楽的には、散漫な印象派拭えないですね。1曲目の " The Great Southern Trendkill " が無ければ本当にまとまりが無かったかも。まあ、タイトルの和訳、『偉大なる南部のトレンド殺し』の通り、トレンドに迎合しない姿勢は健在ですが。これを聞いた後では、『 FAR BEYOND DRIVEN (邦題 "脳殺")』 の出来がいかに良かったかというのが再認識出来るのですが、その『 FAR BEYOND DRIVEN 』の音楽性をサザンロック的な方向性で薄めたという印象ですかね(これを前作に比べてバラエティに富んでいると評価する人もいますが)。とはいえ、そこはやはりパンテラなので、そこら辺の音楽では到底太刀打ち出来ない激しさがあるのは当然です。そして全米4位にまで登りつめているのはすごい。 

f:id:mythink:20170326231509j:plain

 

 

 

4. パンテラの〈ライブ〉アルバム

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 1997年に発表されたライブ盤『 OFFICIAL LIVE 101 PROOF (邦題 "ライブ~狂獣 ")』Amazonのレビューでもよく書かれているが、パンテラの入門としては最適。ライブでのアルバムの再現度が凄い、いや、それを超えているといっても過言ではない出来!新曲が2曲( " Where You Come From " " I can't Hide " )も付いている。

それにしてもこのアートワークもカッコイイです、ジャック・ダニエルのラベルみたいで。酒好きのバンドでしたからね。 

f:id:mythink:20170326231531j:plain

 

      

                 f:id:mythink:20170326231612j:plain

 

 

 

5. パンテラ最後のスタジオアルバム

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 2000年に発表されたパンテラ最後のスタジオアルバム『 REINVENTING THE STEEL ( 邦題 "激鉄" )。このアートワークは格好良くない・・・そう感じたのは僕だけではないと思う。しかし、楽曲的には傑作揃いです、1曲目の " Hellbound "、6曲目の " Death Rattle "、8曲目の " Uplift " などで他の曲も優れています。バンドの危機的状況の中で、よくこれだけのアルバムをつくったなという感じですね。というのも、この時、フィルとアボット兄弟(ダレルと兄のヴィニー)の確執は強くなっていて、ほとんど一緒にはスタジオには入っていない(フィルは自分の住んでいる場所が彼らから離れていて、しかもDOWN〈フィルのサイドプロジェクト〉などで忙しかったという建前を述べていたが)。出来上がった曲に後から別の場所でフィルがヴォーカルを乗せるという方法をとっていたはず。そう考えると、このアルバムはパンテラという炎が燃え尽きる前の最後の一閃だったと言えるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 音的には、ダレルのギターの特徴であるノイズのような粒立ちの歪みは抑えられていて伝統的なへヴィメタルの方向性で纏められている。しかし、下手したらアルバムの前半は『 COWBOYS FROM HELL 』や『俗悪』よりも控えめな音になっているかも。後半、特に8曲目の " Uplift " あたりから聞きなれたパンテラっぽい音になっているけど。よく聞いたら分かる音の微妙な統一感の無さは、やはり、それまで一緒に作業してパンテラの音を作り上げたプロデューサー兼エンジニアリングのテリー・デイトが参加してない事が原因なのでしょう(この作品はパンテラのセルフプロデュース)。

出来れば、このアルバムを『 FAR BEYOND DRIVEN 』の頃のような音で聞きたかったなあ。

 

f:id:mythink:20170326231642j:plain

 

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

(※1)

f:id:mythink:20170122214855j:plain 犯人は元海兵隊員のネイサン・ゲール(Nathan Gale)、当時25歳。ダレルは3発撃たれて即死。ネイサン・ゲールも駆けつけた警察により射殺される。彼はダレルがパンテラ解散させたとして恨んでいたのと共に、精神病院への入退院歴があった事も明らかになっている。

 

(※2) 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ちなみに、へヴィメタルの偉大な開拓者であるメタリカが、アメリカのチャートで1位を獲得したのは1991年発表のアルバムMetallica (アルバムのアートワークが真っ黒な事から呼ばれる通称ブラックアルバム、) 』ですが、それですらパンテラ『 Far Beyond Driven (邦題 "脳殺" ) 』に比べるとキャッチーになってしまうと言っても言い過ぎではないでしょう。まあメタリカからしたらハードロック寄りのへヴィなアプローチをしたのだからキャッチーなのは当然といえば当然なのですが。

 

(※3)

f:id:mythink:20170122214855j:plain 元々、へヴィメタルの世界には、激しいパフォーマンスとは裏腹に、音作りにこだわりを持つ人が多い。特にギタリストはその傾向が強く、ダレルもその1人でしたね。へヴィな音作りをする上では、アクティヴ式ピックアップのEMG搭載のギター+マーシャル、あるいはメサブギーのアンプという組合せが注目を集めていました時期がありました。例えばザック・ワイルドメタリカなど。

そんな時に現れたダレルは、パッシヴ式ピックアップ(フロントにセイモア・ダンカン "59"、リアにビル・ローレンス "L-500XL〈後にセイモア・ダンカンのDimebucker〉")を使用して音がクリアなランドールのアンプと組み合わせるという異なるアプローチで独自の強烈な音を作り上げたのでした。もちろんそれだけではなく、アンプへの入力前にはエフェクターで中域をブーストさせながらもアンプ側では中域をカットして高・低域を上げるなどの工夫もあります。

 

 

(※4) 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この微妙なニュアンスを読み取るには、ネット上に散見される歌詞の機械的翻訳よりも、 Far Beyond Driven (邦題 "脳殺" ) 』 の日本盤(ちなみに旧盤の前提です。数年前に発売された20周年記念盤は持っていないので)に付いている対訳を読むのがいいでしょう。

フィル・アンセルモの白人の優位性を唱える人種差別的発言は、これまで何度かあったが、最近最も問題視されたのが、ダレルを偲んで2010年から毎年開催されている DimeBash のステージ(2016年)で " ナチス式敬礼 " を行い、" White Power " と叫んだ事ですね。この問題によってフィルは最初は拒んでいたものの、謝罪せざるを得ない程の騒ぎになってしまいました。ここらの辺の経緯については

Rock is not Dead : ロックニュース -- www.rockisnotdeadoc.comを参照して下さい。

    

 

     フィルの謝罪。涙目にも見えるがまさか芝居じゃないよね。

    

f:id:mythink:20170122214855j:plain 彼の人種差別発言は当然許されるものではありませんが、ただし、彼の場合、黒人のファンと抱擁したり、" ボクシングが好きで自分のヒーローは黒人だ " と言ったかと思えば、マシーンヘッドのロブ・フリンに " Nigger 寄り(いわゆるラップメタル)のアルバム『 The Burning Red (マシーンヘッドの3rdアルバム) 』が嫌いだ " と言ったりと複雑な様相を見せています。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そこら辺は、彼の出身地であるニューオーリンズの土地柄(黒人の人口比が70%近い、つまりアフリカ系黒人が奴隷として多く連れて来られた地域で、黒人差別が強い)が彼の人格形成期に大きな影響を与えたのかもしれません。彼を擁護する人達は、彼はレイシストじゃないと言うし、フィル自身もそんな人間ではないと釈明した(※5)りしましたが、彼の根っ子の部分では、彼の人格の一部として無意識的に、その要素が組み込まれている可能性もあるといえるのです。そうでなければ、いくら酔っていたとはいえ、あのような行為が出てくるはずがないでしょう。

そして意識的な面で言うと、音楽マニアでもある彼が、白人至上主義を掲げる、いわゆるホワイトパワーミュージック(ナチパンクなど。イデオロギーと音楽が最悪の形で結びついたものですね) (※6) に影響を受けている事も容易に推測出来ると付け加えておきましょう。

 

そんな彼の今回の行為について、スレイヤーのケリー・キングは言っています「彼は一線を越えた。戻ってこれないかもしれない」。つまり、彼はレイシズムの強力な魔力に引き込まれている、そこから引き返すのはそう簡単ではない、という事でしょう。

 

(※5)

f:id:mythink:20170122214855j:plain ここに近年のレイシストの特徴が現れているといえるでしょう。つまり、彼らは自分は人種差別主義者ではない(本音では思っていても)、自らの人種に対する"誇り"を持っているだけだと言うのですね。たとえ、"誇り""尊重" などの意識付けが正しいように思えても"人種"の概念を区別(これもレイシストの言葉使いの特徴。彼らは差別ではなく、区別という言い方を使う)の基準にそもそも持込むこと自体が、既に "差別" の概念によって侵食されている事に、彼らは気付かない

 

(※6)

f:id:mythink:20170122214855j:plain "ホワイトパワー" という言葉で真っ先に思い出されるのは、イギリスの元祖ネオナチバンドのスクリュードライバーであり、彼らの曲 " White Power " でしょう。1976年に結成されたバンドは当初、セックス・ピストルズの影響下にあったが、休止後、1982年に活動を再開した時には、フロントマンのイアン・スチュアート・ドナルドソン主導による白人至上主義のバンドになっていた。1993年にイアンは交通事故で亡くなってスクリュードライバー解散したが、未だに "ネオナチバンド" といえば "スクリュードライバー" という図式で紹介される程、影響力を残している。思想や歌詞は別にして音楽性は魅力あるだけに、逆に、それまで政治性とは無縁の若者を惹き付けてしまい、右傾化させる危険性があるという事ですね。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

〈 このブログ内の関連記事 〉

 

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

◆ 欅坂46のナチス軍服衣装問題から〈 無知 〉を哲学的に考えてみる

◆思想

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

アイドルグループ欅坂46ナチス風軍服衣装が世界中のマスコミから問題視され、2016年11月1日には、アメリカのユダヤ人組織のサイモン・ヴィーゼンタール・センターがソニーミュージック秋元康に対して謝罪を要求するという出来事がありましたね。

この出来事から既に1ヶ月以上経ちますが、当初の加熱過ぎるマスコミ報道が嘘であったかのようにおとなしくなってます(苦笑)。

それはさておき、ここでは、この問題について巷にあふれる倫理的に如何なものかという非難、つまりこの問題はホロコーストについての〈無知〉が招いた結果だというようなありふれた批判を行うつもりはありません。そうではなく、この問題において無知〉が、どのような〈無知〉が、いかに機能しているかという事について哲学的に考えてみようという訳です。    

 f:id:mythink:20170326133116j:plain

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

1. ホロコーストに対する〈無知〉・・・

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 欅坂46ナチス風軍服衣装の着用は、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に対する無知から生じたユダヤ人への配慮を欠いた不適切なものだ、という非難が巷に溢れましたね。これは、無知〉それ自体を倫理的に問題とする態度であると言い換える事が出来るでしょう。ホロコーストという事実〉に対する〈無知が、ユダヤ人の感情を不快にさせる行為(軍服衣装の着用)の〈原因〉になっているという訳ですね。そして、もし知っていれば、そのような行為はなかったはずだ・・・というのが一般的見方になるのでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ただし現場的には、欅坂46のデビュー時からの軍服衣装は、デザイナーの尾内貴美香によるもの(欅坂46の衣装は軍服風にという注文は管理者サイドからあったよう)であり、彼女の案は、今野義雄などの一部の管理者によって目を通されただけで、おそらく、ほぼ了承されていたであろう事を考えるならば、そこに倫理的視点が欠けていたとはいえ、政治的意図はなかったといえるでしょう。この人のTwitterを見る限り、今回の件で削除された内容があるとはいえ、何らかの政治的意図を読み取る方が難しい(現在は更新されてないようですが)。一方、今野義雄の方(秋元康も含んで)も、乃木坂46の管理も兼任している事から察すると、欅坂46の軍服風衣装も乃木坂46のお嬢様的雰囲気との対比で考え出されたという以上の事を読み取るのは難しい。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この件に関してイスラエル大使館側はホロコーストの歴史についての対話を求めながらも、欅坂46に悪意がなかった事は理解している、と言う、つまり、〈政治的意図〉によるものではないと判断している訳ですね。しかし、政治的意図〉の有無に関わらず無差別的に商業的文化にもナチスの要素を見つけ出そうとする姿勢(メディアやサイモン・ヴィーゼンタール・サンターなど)は、もはや〈無知〉それ自体を倫理的に問題とするものであるといえるでしょう。

 

 

2. 〈無知〉は〈罪〉である?

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そのような無知〉が〈罪〉であるという考え方は、倫理的にはもちろん、哲学的にも正しいように思えますが、詳細に考える必要があります。ここで参照したいのが、フランスの精神分析家であるジャック・ラカンの思考です。とはいえ、ここでは臨床治療の方法論としての彼の思考を忠実に再現するのではなく、このブログにおける哲学的分析のために、哲学的教養に富む彼の思考から哲学的帰結を引き出すことが重要だと考えます。

 

       

      f:id:mythink:20170326133840j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 彼の思考から〈無知〉についての哲学的帰結のひとつを引き出すとすれば、主体は自分の〈無知〉について責任を持たなければならない、別の言い方をするなら、主体は自分の〈無知〉についての責任に直面する事になる、というものでしょう。

ここで注意しなければならないのは、この〈無知〉を何の思考もなしに〈原罪〉であるのだから責任を持たなければならないと性急に倫理的に解釈するのは間違いであり、それこそ思考停止という事態に陥いる事になりかねないという事です。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain なぜなら、主体は自分の〈無知〉について常に〈事後的〉にしか、つまり、何らかの〈行為〉の後でしか向き合う事が出来ないからです。何らかの過ちの行為を犯した後でしか、過ちの原因としての〈無知〉を認識出来ないのです。

つまり最初から〈無知〉をそれとして認識出来るのであれば、それはもはや〈無知〉ではないというパラドックスが起こるのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain なので欅坂46サイドがホロコーストについて知っていたならナチス風軍服を着せなかったはずだという "言い方(あくまで個人的感想のレベルならという限定付きの)" は、事後的だからこそ成立しているだけで、軍服衣装を着用させる以前においては成立しない(未来において何が起きるかは、"その時点" では容易に推測出来ないが故) "遡及的幻想" であるとさえいえるのです。

 

 

3. 〈無知〉と〈行為〉

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そして実は、このような 〈無知〉 は、個人が行為する上で、重要な要素である事を理解する必要があります。行為〉は、〈無知〉であるからこそ可能になる

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain では、〈行為〉を可能にする〈無知〉とは厳密には何か?それこそ〈無意識〉であるといっていいでしょう。だから〈行為〉は〈無意識〉から生まれると言い換える事が出来るのです。ただし、この場合、心理学や精神分析における常識に囚われて〈無意識〉を〈意識〉に対立するもの、あるいは変形的なものと考えていては、深く考える事は出来ません

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 〈無意識〉を根本的に考え直す事、それにはドイツの哲学者シェリングが〈自己意識〉を〈無意識〉とみなしたように、〈無意識〉はそれ自体で単独で在るものではなく、何らかの物(意識)が在るという超越的出来事の裏面であると理解する必要があります。

そのように根本的に理解すると、意識〉という仕組みそれ自体が、永続的な安定したシステムではなく、それどころか、その〈意識という仕組み〉自体が当然だと思い込ませる程、〈意識という出来事〉の〈無意識性〉が浸透してしまっているのだという事に気付くでしょう。

 

      f:id:mythink:20170326133858j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ただし、この考え方は、〈意識というもの〉の〈真理〉に近づくのと引き換えに、感覚的にはある種の危険性に陥る可能性も考慮する必要がありますね。〈意味〉や〈日常性〉を剥ぎ取られた〈意識〉は、外部から到来した〈何か〉であるように感じられ神秘主義に向かう人もいれば、ラカンが言う所の〈現実界〉への侵入のように感じられ、底無しの穴に落ち込んでいくかのように精神のバランスを崩す人もいるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain しかし、誤解がないように急いで付け加える必要があるのですが、以上の事はホロコーストについて知る必要がないという事を主張している訳ではありません(ホロコーストの記憶は受け継がれるべきなのは言うまでも無い)。以上の所では全く別の事柄が起きている事を言いたいのです。

 

つまり、無知〉故に〈行為〉は可能になるのですが、〈行為〉はその後、〈現実〉に直面する事になります。その〈行為〉が〈過ち〉であると分かったならば、人はこう考えるでしょう、なぜ、こんな事をしたんだろう?と。この時、人は〈無知による行為〉に意味を与えて〈意識化〉しようとしているのです。それをしたのは自分だ、と考え〈行為の主体〉としての〈責任〉に直面するという訳ですね。

この主体の態度は、〈行為〉以前の未分化の〈無知〉を実は "こうなる事は知っていたはずだ" と主体が解釈し直す事によって、物理的には関わる事の出来ない〈無知という過去〉を、今では分かる・・・というように現在における〈知〉へと変化させるものなのですこのような主体の自分への関わりこそ、自分の〈無知〉について責任を持つという事の意味だといえるでしょう。

 

 

4. 政治的要請としての倫理

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain さて以上の事は、個人的主体レベルでの〈行為〉の話でしたが、次のような反論が考えられるでしょう。〈ホロコースト〉について無知な個人がいるのなら、その無知が引き起こしうる事件を想定できる訳だし、ひとつの〈教育 〉としての必要性が考えられて当然なのではないか、というものですね。

しかし、そのような態度は何を意味するのでしょう。仮にホロコーストの教育の必要有り無しに関わらず、そこに〈無知〉を〈知〉へと変換する "個人的反省(先に述べた哲学的な意味での)" が無いのであれば、それは個人に強制される "倫理という形式の政治的要請" である以外にはないでしょう。

イスラエル大使館が欅坂46サイドをホロコーストのセミナーに招待しようとする動きがあった時、反発する声もありましたね。おそらくその声は直感的なものなのでしょうが、哲学的に考えるならば、それは "政治的同一化の要請" への反発であり、間違っていないといえるでしょう。ユダヤ人であろうが、ドイツ人であろうが、人種に関わり無く、ある立場からの強力な政治的要請(それが倫理的なものであれ)に対しては、同一化されまいとして用心深くある事は、個人レベルにおいては必要なことだといえるでしょう。そのような政治的同一化に対して〈無知〉である事程、危険な事はないでしょうから。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

〈 このブログ内の関連記事 〉

 

 

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

◆ 僕を哲学的に考えさせる北欧デザイナー〈 スティグ・リンドベリ 〉

◆デザイン ◆ART ◆思想 ◆食器

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

2016年の今年で生誕100周年を迎えたスウェーデンのデザイナー、スティグ・リンドベリ(1916~1982)について、哲学的に考えてみますね。といっても彼の作品について個別的に考えるのではなく、彼のデザインが "北欧デザイン" という括りで語られるものの中で、いかなる意義を持つのかを全体的な流れの中で考えてみようという訳です。

        

f:id:mythink:20170326134316j:plain

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

1. スウェーデンの国民的デザイナー、リンドベリ

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain スティグ・リンドベリといえば、スウェーデンの陶磁器メーカーであるグスタフスベリ社のアートディレクターであり、経営難のグスタフスベリを建て直したという話がよく聞かれますね。そのきっかけが、彼がグスタフスベリ社に持込んだ "POPなデザイン" にある事は間違いないでしょう。"POPなデザイン" で彩られた食器は、スウェーデン国民の日常の食器使いを華やかなものにするという意味で、グスタフスベリ陶器の普及に貢献したという訳です。

      

 f:id:mythink:20161201070648j:plain

                 

  f:id:mythink:20170326134813j:plain

          彼のデザイン性を象徴するテキスタイル 【 楽園

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 彼のPOPデザインの斬新性は、彼と共にグスタフスベリ社の三巨頭として語られる、ヴィルヘルム・コーゲ(1889~1960) ベルント・フルーベリ(1899~1981) に比べてみても明らかでしょう。はっきりと指摘される事はありませんが三巨頭と言っても、リンドベリは他の2人と比較出来ない独自の道を進んだのであり、北欧モダニズムと称される北欧現代陶芸の枠には収まりきれない "POPなデザインを駆使する北欧アーティスト" へと至ったと考えるべきですね。

 

 

2. スティグ・リンドベリが登場した時代背景

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 若きリンドベリを見出したヴィルヘルム・コーゲ(彼がグスタフスベリのアート・ディレクターを務めていた1937年にリンドベリは20才で入社した) から始まったとされる北欧現代陶芸を美術史的に考えるならば、それは1910~1930年代にかけてヨーロッパ・アメリカで流行したアール・デコ様式の時代に位置するといえるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain アール・デコ(Art Déco)は文字通り訳すなら "装飾芸術" となりますが、それ以前のアール・ヌーヴォー(Art Nouveau)様式ほど過剰な装飾ではなく、当時台頭してきた大量工業生産という時代背景と隣接する適度な装飾デザイン(つまり大量工業生産と共に発達する大衆消費社会へ量的に行渡ることが無意識的に前提とされている)になっているのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain さらに細かく言うなら、アール・デコにおいては "芸術的装飾性" "無駄を排除する機能的モダニズム" "両極性" の振り幅の中で幾つもの作品が作られたのですが、特徴的なのはそれらの作品の活力が "異国的なもの"(※1)から得られている事です。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain もちろん芸術における異国的なもの影響(例えば西洋に対する日本の浮世絵など、いわゆるジャポニズムの影響など)は前世紀でも見られるのですが、1920、30年代は世界を横断する交通が増大していく過程(※2)での "脱 - 境界的なもの" が一般的になった(※3)という意味で、"デザイン装飾" が特定の国家や地域、伝統などの縛りから脱して世界の中で、それ自体がひとつのジャンルとして "一般的なもの"になったのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain つまり、アール・デコの作品が異国的な雰囲気を醸し出すのは、デザイン装飾それ自体が特定の縛りを受けない "脱 - 境界的な一般的なもの" になっているからですね。まあ実際には、デザインが一般的になったアール・デコ以後も、各々の作品は定義上、特定の呼称(北欧モダニズム、ミッドセンチュリー、民芸、ポストモダン、など)を与えざるを得ないのですが。

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ではこの辺で、北欧現代陶芸に話しを戻しましょう。北欧現代陶芸の巨匠であるヴィルヘルム・コーゲと彼に師事したベルント・フリーベリの作品から分かるのは、彼らの装飾性を抑え簡素性から逸脱しない作品がアール・デコの両極の一方である無駄のないモダニズムを担っているのに対して、コーゲと並んで巨匠と称されるデンマークのアクセル・サルト(1889~1961) の生命力が凝縮されたかのような作品はアール・デコのもう一方の芸術的装飾性を担っているという事です。2人とも北欧現代陶芸の巨匠と呼ばれますが、アール・デコという芸術様式に照らし合わされると違いが明らかになりますね。

 

f:id:mythink:20161201200843j:plain

    ヴィルヘルム・コーゲ

 

f:id:mythink:20161201201055j:plain

        ベルント・フリーベリ

 

f:id:mythink:20161201201319j:plain

     アクセル・サルト

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain いずれにせよ、コーゲ、サルト、フルーベリらの "陶芸作品" ( "陶芸作品" と限定するのは、コーゲやサルトは、グラフィックデザイナー出身という陶芸以外の素養もあるので)がアール・デコを無意識的基盤にしているのであり、それこそが北欧モダニズムの本質だといえますね。

 

 

3. リンドベリの "POPな絵画的デザイン"

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain では先に挙げたコーゲらとリンドベリとの違いとは何でしょう?それは既に述べたように "POPデザイン" にあるといえます。しかし、こう言うと、コーゲやサルトもグラフィックデザイナー出身なのだからデザイン的素養があったはずだし、それだからこそコーゲは若きリンドベリの才能を見出す事も出来たのでは?と考える人もいるでしょう。彼らとは違うリンドベリのデザインを哲学的に理解するためにも、ここで "POPデザイン" という言葉の意味を考える必要がありますね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain まず彼のPOPデザインは2次元的なものという意味で "絵画的" だといえます。しかし、なぜ "絵画的デザイン" なのか?"単なるデザイン"だと、陶磁器のフォルムや絵付けを含めた雑多なものを意味してしまいますね。しかし、それだと "絵画的なもの" の哲学的意味が見えなくなってしまうのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain "絵画的なもの" とは、絵画が具現化されるためにはキャンバスという下地が必要なように、何らかの物質的基底材(もちろんこれはキャンバスだけでなく、それこそ陶磁器などの立体的なものを含む)の上に投影され貼り付けられる "イデア" としての "デザイン性それ自体" だと考えられるのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 例えば、陶芸で考えてみるならば、通常のアプローチだと、陶磁器それ自体がひとつの作品であるために、フォルムや絵付けのデザインは作品を補助する要素であるはずですね。あくまでも主役は陶磁器という作品である訳です。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ところが興味深い事に、リンドベリの中では、コーゲに師事し、彼と共に陶磁器の製作に取組んだ北欧現代陶芸の枠組に忠実であった初期から、グスタフスベリのアートディレクター就任、そして独立、復帰といった一連の成熟期において、彼のデザイン観に哲学的変化が起きたといえるのです。つまり、陶磁器の絵付けとしての要素的デザインから、彼のデザイン世界観をひとつの具現化すべきイデアとする "絵画的デザイン" への移行ですね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そうすると、何が起きるかというと、陶磁器などの "物質的基底材" は主役なのではなく、彼の "絵画的的デザインというイデア"  を具現化するための "現実的なものという要素" に過ぎなくなるという変化が起きる訳です、少なくとも彼の中では。この点こそが、コーゲやフリーベリ、サルトに比べてリンドベリを陶芸家ではなく独自の "デザイナー" たらしめているといえるでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain もちろんコーゲやサルトらも、デザイナーの資質があるので陶磁器以外にも手がけた作品があるのですが、リンドベリほど強力な一歩を踏み出せていない。その一歩を踏み出すには彼らは余りにもアール・デコの芸術に忠実でありすぎたのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ではリンドベリにアール・デコに留まらせずに一歩踏み出させた "絵画的デザイン" の特徴とは何でしょう。それこそ "POP性" に他なりません。"絵画的" といっても西洋美術における絵画ではなく、デザインがそれ自体として成立するというイデア的意味での絵画なのであるのに加えて、大衆への普及(POP - ULARIZATION)という意味で、"POPな絵画" だといえるのです。大衆への普及(POP - ULARIZATION)という言い方につきまとう俗物性が気になるのであれば、"大多数への浸透" と言い換えるべきでしょうか。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain しかしリンドベリのデザインそれ自体を楽しませる "POPな絵画性"スウェーデン国民の間で共有されやすいものであったのは間違いないでしょうし、同時に、彼が従来の芸術(アール・デコ)の延長線上にある北欧モダニズムとは異質な流れ(もちろん、このPOP性は、今では北欧デザインのスタンダードなもののひとつとして引き継がれている)をつくりだした事も付け加えておくべきでしょう。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

(※1) 

アール・デコ期の異国的なものの例。

 

エジプトの影響 "エジプト風ヴァニティケース " by カルティエ

      f:id:mythink:20161030183328j:plain

                        フランス 1924年

 

アフリカの影響 "仮面" by サージェント・ジョンソン

      f:id:mythink:20161030184108j:plain

          アメリカ 1934年

 

アフリカの影響 "スツール" by ピエール・エミール・ルグラン

     f:id:mythink:20161030184644j:plain

           フランス 1925年

 

■ 日本の影響 装飾パネル "アルザスコウノトリ" by エドガー・ブラント

     f:id:mythink:20161030185500j:plain 

           フランス 1928年

 

アフリカの影響  写真 "黒と白" by マン・レイ

    f:id:mythink:20161030190627j:plain

           フランス 1926年

 

(※2)

世界的交通の象徴的出来事

■ 1927年 チャールズ・リンドバーグによるニューヨーク・パリ間の大西洋単独無着陸飛行

■ 1928年 ドイツの巨大飛行船 LZ127 "グラーフ・ツェッペリン" 飛行開始

■ 1935年 フランスの巨大豪華客船 "ノルマンディー号" 就航開始

因みに、アール・デコを代表するフランスのグラフィックデザイナーのアドルフ・ムーロン・カッサンドルが1935年に発表したポスター"ノルマンディー号" は彼の作品の中でも最も有名なもののひとつですね。

         f:id:mythink:20161030195403j:plain

 

■ 1936年 ドイツの巨大飛行船 LZ129 "ヒンデンブルク" 飛行開始

 

(※3) 

"脱 - 境界的的なものが一般的となった" といっても、言うまでもなく国境や階級、様々な領域間の差異などにおける"境界的なもの"が消滅する訳ではない。フランスの哲学者ドゥルーズガタリによる『アンチ・オイディプス』でも示されるように、脱領土化と再領土化は絶えず繰り返される事によって資本主義における運動のダイナミズムとなるのであり、"境界的なもの" は依然としてある、あるいは新たに違う形態で再生産されると言うべきでしょう。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

◆ 僕を哲学的に考えさせる映画:大島 渚の〈戦場のメリークリスマス〉

■ CINEMA【戦争】

f:id:mythink:20170326140708j:plain

 

 

◆ 僕を楽しくさせるミュージシャンの音楽的ルーツ〈HYDEをかたち作った6枚〉

3. David Sylvian『Brilliant Trees』の記事で、映画戦場のメリークリスマスについて触れました。

戦場のメリークリスマス〉と、そのメインテーマ曲である "Merry Christmas Mr.Lawrence" の事は知っていても、デヴィッド・シルヴィアンが映画に触発されて "Merry Christmas Mr.Lawrence" に歌詞とメロディを乗せて "Forbidden Colours(このタイトルは三島由紀夫の男色小説『禁色』の英訳版に由来する)" を作った事を今では知らない人もいるでしょう(そもそもデヴィッド・シルヴィアンって誰?という感じですかね。ああ、元JAPANのねって分かる人はそれなりの年齢の洋楽好きの方でしょう)、そしてラルクアンシエル"Forbidden Lovers" がそれに影響されている事も。

そんな事を以前書いたので、ここで〈戦場のメリークリスマス〉について考えておこうという訳です。

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain

 

 

 

       f:id:mythink:20161010083251j:plain

 

監督大島 渚

公開1983年

出演坂本龍一       ・・・ ヨノイ大尉

  デヴィッド・ボウイ  ・・・ ジャック・セリアズ

  ビートたけし     ・・・ ハラ・ゲンゴ

  トム・コンティ    ・・・ ジョン・ロレンス

  ジャック・トンプソン ・・・ ヒックスリー

 

 

 1. 捕虜収容所における男性同士の関係としての"同性愛"・・・

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 第2次世界大戦中の1942年、ジャワ島の日本軍捕虜収容所が舞台の〈戦場のメリークリスマス〉には戦闘シーンは出てきません。代わりに焦点が当てられているのは、収容所の日常における"男性同士の関係"です。この"男性同士の関係"を軸にしてストーリーは進んでいくのですが、大島渚"男性同士の関係"を描くにあたって、2組の男性同士の組み合わせを用意しました。

ヨノイ大尉(坂本龍一)とジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)の組合せ(長いのでこれを"A"としましょう)、とハラ軍曹(ビートたけし)とジョン・ロレンス(トム・コンティ)の組合せ(これを"B"としましょう)ですね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain さて、この男性同士の関係とラディカルな大島渚の特徴で以って、この映画を同性愛的だと早急な結論を抱く人もいるかもしれませんが、踏みとどまる必要があります。ジャック・セリアズがヨノイにキスする衝撃的な場面もある事から、"A"こそこの映画を同性愛的なものとして特徴付ける象徴的な組合せだと考えたくなるのも当然かもしれません(もちろん、"Forbidden Colours"のデヴィッド・シルヴィアンはこの点からアプローチしていますが)。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain しかし、よく見れば分かりますが、ジャック・セリアズはヨノイが自分に対して恋愛感情を持っている事に気付いていても、彼自身はヨノイに対して恋愛感情を持っていないのです。それどころか彼は仲間を救う(反抗するヒックスリーをヨノイは斬ろうとしていた)ために、ヨノイの恋愛感情を冷静に利用する事さえ厭わない、セリアズがヨノイにキスした場面がまさしくそうです。あの行為によって精神的衝撃を受けたヨノイは卒倒して何も出来なくなったのですから。

それ故、"A"においては同性愛は成立していない(ヨノイの片思いという訳ですね)といえます。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ではセリアズの気持ちは何処にあったのでしょう。特定の誰かに?いや映画の中でも示されますが、かつてパブリックスクール時代に身障者の弟が多勢にいじめられるのを見過ごすなどのスカした自分の"過去"に気持ちが残っているといえます。そんな"過去"からの逃避、あるいは訣別こそが彼の人生の行動原理(戦争という特殊な状況でスカした自分を忘れようとする)なのであり、極端にいえば、それ以外の事には興味が持てない人間だったという事でしょう。セリアズはロレンスと共に収容所を脱出しようとして捕まり、頭部だけを地上に出して埋められてしまいます。死の近いこの最後の時に彼が回想するのが、その"過去"であり、彼の人間性の根拠を示す契機となっている訳です。

 

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ちなみに、この映画において同性愛的なものを示しているものがあるとすれば、"A"でも"B"でもなく、朝鮮人軍属カネモト(ジョニー大倉)とオランダ軍兵士デ・ヨンの組合せ(これを"C"とします)でしょう。よくこの映画の解説で、カネモトがデ・ヨンを犯したとありますが、それは誤りです。確かにデ・ヨンはハラ軍曹に状況を説明しろと厳しく責められた時、それまで看病してくれたカネモトが急に身体を求めてきたという事を言いました。しかし、実際にカネモトがハラに介錯され絶命した時、絶望の余り、自らも舌を噛み切って後追い自殺したのです。つまり、カネモトとデ・ヨンは互いに愛し合っていたという事ですね。

"A""C"について考えた時、やはりこの映画は軍隊に付きまとう精神的特質としての同性愛的傾向(同性愛への表面的嫌悪を含めて)を備えていると考えられるかもしれません。しかし、この映画がそれだけではない事を"B"は示しています。

 

 

2. 捕虜収容所における男性同士の関係としての"同志愛"・・・

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain では"B"について考えていきましょう。一見すると"A"の方がセンセーショナルなので観客の注意を惹きやすい(世界的に有名なデヴィッド・ボウイ坂本龍一ですからね)のですが、この映画のテーマに近いのは"B"だといえます。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ハラ軍曹とロレンスは共に、基本的には組織の秩序を守る事に忠誠を尽くすタイプだといえるでしょう。しかし、少なくとも2人は何も考えずにそうするのではなく、秩序を守る事が、そこに所属する人間達を守る事だと直感的に理解しているのです。

・ロレンスは味方の捕虜達と敵の日本軍との仲介役を果たす事によって不満を持つ双方の危ういバランスを保っている(その為、味方からは日本軍に取入っていると思われ、あまり好かれていない)。

・ハラはロレンスをはじめ捕虜達に見せる厳しい態度によって、一見するとステレオタイプな日本軍兵かのように思える。しかし、ハラは、捕虜達をまとめるなずのリーダーのヒックスリーが仲間の不満を代弁するかのように敵対的な態度しか見せないのに対して中佐であるロレンスが出来るだけ協調的な体制が保てるように間に入ってくれているのを十分理解しているし、同時に、トップであるヨノイのセリアズに対する特別な感情を見抜き(表向きは知らない振りをしているけど)、そんな組織の乱れへの複雑な思いを抱いていたのです。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain つまりハラは、組織の秩序を守らなければならないのにセリアズに心を奪われているヨノイという上司こそが組織をかき乱す要素のひとつになっている事を懸念する自分と、仲間の捕虜達に軽蔑されながらも仲間を守る為に協調的な体制を何とか保とうとするロレンスとの間に、"同志的なもの"が萌芽としてある事を感じとっていたのですね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain このような解釈をしておかないと、ハラがヨノイの許可なくロレンスとセリアズを独房(収容所から無線機が発見された為の懲罰)から解放する場面が、何の意味も無い唐突なものとしてしか写らなくなります(実際にそう見えた人も多いでしょう)。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 確かにこの場面は、酒に酔ったハラのロレンスとセリアズへのクリスマスプレゼントとして説明されますが、この行為自体は突発的なもの(プレゼントなのだから予告がある訳ではないし)だとしても、この行為に至るハラの心理的伏線はある訳です。それが先程説明したロレンスへの"同志的感情"ですね。それによって、この場面は意味を持つのです。

 

 

3. ハラからロレンスへのクリスマスプレゼントについての解釈

f:id:mythink:20170326140051j:plain

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain そしてこのプレゼントという行為は、ロレンスへの同志的感情に裏付けられていると共に、セリアズへの恋心によって組織の規律を乱しかねないヨノイへの牽制にもなっている訳です。ハラ自身がロレンスとセリアズを勝手に釈放するという規律違反をわざと犯す事によって、ヨノイへの当てつけを行っているのですね。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ここでハラは、同志的感情による釈放(私的感情のレベル)とヨノイへの牽制(組織の秩序を守ろうとする公的感情)というレベルの違う2つの事を同時に成し遂げていますが、そこから見た目の暴力的側面だけでなく思慮深い人間である事も推測出来ますね(この意味ではハラを演じているビートたけしにもその要素があるでしょう)

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain とはいえ、ハラは何のリスクも犯さずに、その行為を為したのではありません。規律違反をするのだから処罰覚悟の行為だった訳で、そこには"同志"と"組織"ために自分の"存在"を賭けた熟考の末の決断(酒の力を借りて)があったと考えられます。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain この点を踏まえてラストの場面について考えていきましょう。終戦後の1946年には、立場が変わり、ハラは刑務所に勾留され処刑を待つ身になっていました。そこにかつて捕虜だったロレンスが面会に来てくれたのですが、ハラは彼に"戦時中の自分の行いは他の皆と同じものだった" "処刑される覚悟は出来ている" 等の話をしました。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain ロレンスの方も捕虜収容所での共に過ごした"同志"として義理立てて面会には来てくれたものの、次の何気ない一言でロレンスのハラに対する"同志愛"は限界を示しましたね。"ここの担当だったら助けるのに"という旨の発言ですが、これがロレンスの去り際にハラが発した言葉 "メリークリスマス ミスターローレンス" を引き出したと考えるべきでしょう。

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain このセリフに対する説明の多くが、覚悟は出来ていると言ったものの、ハラはやはり助けを求めている(日本兵士の誇りから助けてと口に出していえない)というものですが、それだけではハラが自分の感情だけを表現した一方通行的なものでしかないでしょう。ハラはかつて独房からの釈放というクリスマスプレゼントをロレンスにした時、先に述べたようにリスクを背負って"自分の存在"を賭けた訳です。それを踏まえて、もう少し深く解釈するなら "メリークリスマス ミスターローレンス" と言った時、ハラはロレンスに対して"俺はあの時、自分の『存在』をかけたんだよ。お前は自分の『存在』を賭けないのかい?" という"同志への呼びかけ" だと考えられるのです

 

f:id:mythink:20170122214855j:plain 相手を1人の男という『存在』として認めたが故の、ハラの "同志への呼びかけ" に対するロレンスの返答はおそらくなかった、ハラの正面からのアップで終わるのだから。ロレンスはハラの思いを知りながらも、それに応える事を選択せずに断ち切った訳ですが、それもひとつの生き方だと言うには寂しすぎる・・・。

そう考えると、ラストのハラの表情はロレンスに受け止められる事のなかった"悲しき笑い"だとしか言えない。しかし、その"悲しき笑い"はロレンスには受け止められなかったけど、僕達、観客が受け止めざるを得ない程、印象的だったのは間違いないでしょう。

 

    f:id:mythink:20161016153505j:plain

    

 

 

f:id:mythink:20170122223736j:plain