〈 It / Es 〉thinks, in the abyss without human.

Transitional formulating of Thought into Thing in unconscious wholeness. Circuitization of〈 Thought thing 〉.

▶ ロマン・ポランスキーの映画『 反撥 』( 1965 )を哲学的に考える


初めに。この記事は映画についての教養を手短に高めるものではありません。そのような短絡性はこの記事には皆無です。ここでの目的は、作品という対象を通じて、自分の思考を、より深く、より抽象的に、する事 です。一般的教養を手に入れることは、ある意味で、実は "自分が何も考えていない" のを隠すためのアリバイでしかない。記事内で言及される、映画の知識、哲学・精神分析的概念、は "考えるという行為" を研ぎ澄ますための道具でしかなく、その道具が目的なのではありません。どれほど国や時代が離れていようと、どれほど既に確立されたそれについての解釈があろうとも、そこを通り抜け自分がそれについて内在的に考えるならば、その時、作品は自分に対して真に現れている。それは人間の生とはまた違う、"作品の生の持続" の渦中に自分がいる事でもある。この出会いをもっと味わうべきでしょう。

 

 

 

 

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監督 : ロマン・ポランスキー
公開 : 1965年
脚本 : ロマン・ポランスキー
出演 : カトリーヌ・ドヌーヴ   ( キャロル )
   : イヴォンヌ・フルノー   ( ヘレン )
   : ジョン・フレイザー    ( コリン / キャロルの恋人未満の男 )
   : イアン・ヘンドリー    ( マイケル / ヘレンの不倫相手 )
   : パトリック・ワイマーク  ( 家主 )
   : ヴァレリー・テイラー   ( マダム・ドニーズ )

 



 

 『 反撥 』の原題は『 Repulsion 』なのですが、内容に照らし合わせれば『 反撥 』よりも、repulsion の別の意味である "嫌悪" をタイトルに据える方が、この映画の主人公キャロルの内面性、つまり、"男嫌い" を上手く示せるかもしれません。この映画のタイトルが『 嫌悪 』だとするならば、その点についてはこの映画は明快で、主人公のキャロル ( カトリーヌ・ドヌーヴ ) は、姉のヘレンが家に連れ込む不倫相手のマイケルに拒否反応を示すように、男に "嫌悪" を抱いているのです。

 

■ ところが面白いことに、ストーリーが進んでキャロルの内面の力学が秘かに変化していくつれて『 反撥 』の repulsion という語の "物理学的比喩" を想起させる意味 の方がやはりふさわしいと思えてきます。まずはキャロルの男嫌いというこの映画の基本的モチーフを見ていきましょう。

 

■ キャロルとどうにかして恋仲になろうとするコリンを後ろから殺害するキャロル ( 1 ~ 4. )。自分の仕出かしたことに驚くキャロルは家の扉を塞ごうとする ( 5 ~ 6. )。このコリンを殺害した時点で、キャロルの内面に巣食っているのがたんなる男嫌いではない事が分かりますね。彼女を殺人行為へと走らせるものは、男嫌いという単なる生理的嫌悪を通り越した 性的なものに対する反撥 ( repulsion ) なのですね。

 

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■ ここで思い出しておきたいのは、フロイトが自らの精神分析を練り上げる上で、物理学的比喩を用いた概念 を考えているという事です。その最たる代表例が "リビドー ( 物理的エネルギーの比喩 )" ですね。それの良い所は、物理学概念がそれ独自の法則に従っているように、フロイト精神分析概念も、人間主体の感情や思考とは別に、それ自身の法則に従う人間精神の領域がある 事を物理的に ( もちろんそれがあくまでも比喩である事に注意を払わなければならないのですが ) 表そうとする試みだという事です。これによって人間の感情が精神において主導権を握っているどころか、そんな事を無視するかのような 精神の独自の運動こそが人間を支配している のだと考察する事が出来るのです。

 

■ そうすると、この映画におけるキャロルの男嫌いという主要モチーフは、彼女の精神が引き起こした運動の "徴候" に過ぎない事が分かる訳です。ならば彼女の精神の運動とは何か。それこそ、先程、記した 性的なものに対する反撥 ( repulsion ) という物理学的緊張なのです。『 反撥 』という邦題は、キャロルの精神が物理的緊張に囚われている事を示す精神分析的真理の示唆だと解釈出来るでしょう。

 



 

■ キャロルは殺人という大胆な行為をした自分に驚く ( 5. ) のですが、その時から、彼女の内面は男嫌いという生理的嫌悪から 殺人の欲望 へと移行してしまっているのです。キャロル自身が自分の内面の変化に後でしか気付かない。この 殺人の欲望 を媒介しているものこそ 性的なものに対する反撥 ( repulsion ) に他ならないのですが、そもそもなぜ彼女は性的なものに反撥したのでしょう。これは映画の中で明言されているわけではないのですが、人間関係を見ると自ずと明らかになります。

 

■ キャロルが姉へレンの不倫相手であるイアンに対して嫌悪感を抱いているというこの映画の主要モチーフは、キャロルが直面する "性的なもの" との緊張関係をクローズアップさせてしまうので、彼女と姉の関係性を見えにくくさせてしまっています。

 

■ もちろん、キャロルと姉の元々の関係性 ( イアンが介入してくる以前の ) は直接的には描かれていないので、どのようなものであったかは分かりませんが、少なくともイアンの出現によって姉妹という家族関係が壊れていくのがキャロルにとって耐え難いものである事は間違いないでしょう。姉のヘレンからすると自分がいくら不倫していても妹が妹である事に変わりはないのですが、おそらくキャロルはそう考えていないのです。

 

■ というのもイアンは不倫相手なのだから家族になる事は出来ない。キャロルからすると、イアンは 姉妹という元々の家族関係を壊す外部から来た "不安要素" でしかないのですね。キャロルとヘレンが同居しているという基本的設定自体が異質な外部要素が排除された家族関係の象徴となっている訳です。決定的なのは、姉へレンとイアンの性行為が隣の部屋のキャロルに否応なしに聞こえてしまう事なのですが、この時、キャロルにとって "性的なもの" は家族関係を壊すものでしかなくなっています。姉のヘレンが "性的なもの" に嵌っていく事によってキャロルは自分が疎外されていくように感じるのです。

 

■ 本来、"性的なもの" は身体の発達や変化と共に、主体を自分に関わらせる ( 自分のセクシャリティや性癖、他者との関係性、などの構築 ) 力動的なものなのですが、キャロルの場合、"性的なもの" は外部から到来する "異質なもの ( その象徴がイアンや家主 )" でしかない。なのでキャロルは徹底的にそれを排除しようとした挙句、殺人というアクティングアウトを選択してしまったのですね。

 

■ 性的なものは、主体の欲望を刺激して止まないものであるはずなのに、キャロルはそれを排除してしまった。そして、その 排除の手段として選択した殺人行為こそが彼女の欲望となってしまう のです。ここからキャロルはヘレンの妹に過ぎなかった者から、人を殺すことで欲望を満足させるという異常者として倒錯的に自立する立場へと移行してしまう。

 

■ コリンを殺したにも関わらず、何事もなかったかのように裁縫をするキャロル ( 7. )。さらに次の場面は私たちにショッキングな出来事を想像させるものとなっていますね。それは "カニバリズム" です ( 8. )。直接的に食べる場面が描写されているわけではありませんが、( 8. ) は明らかに、キャロルはコリンの死体の一部を食べていた事を示しています。よく見ると、肉が乗った皿にはハエが数匹たかっていて、グロテスクさが強調されている。人間にとって食事という文化形式 ( 皿に盛る、フォークとナイフを使うなど ) が、喰うという本能が普遍的レベルにまで高められたものである事を考えるならば、( 7. )、( 8. ) の場面では、殺人という行為がキャロルの内面においては既に日常的なものになっている という不気味さが現れていると解釈出来るでしょう。

  

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■ 殺人行為によって "性的なもの" を排除しようとするキャロルですが、"性的なもの" は回帰してきます。ただし、キャロルの欲望を刺激するものではなく、"妄想" として回帰して来る のです ( 9~12. )。この後、キャロルは "殺人の欲望" と "性的妄想" の狭間で揺れ動き、精神の崩壊へと至るというラストへ話は続いていきます。

 

■ 家賃を取り立てに来た家主に執拗に迫られるキャロル ( 13 ~ 18. )

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■ 剃刀で家主を残虐に切り刻むキャロル。もうそこには明確な殺意しかない ( 19 ~ 24. )。

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■ コリン、家主、と立て続けに男を殺害したキャロルは、最後まで性的妄想を振り払う出来ずに自らの精神を崩壊させる ( 25 ~ 28. )。

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