【 僕を哲学的に考えさせる映画 ギレルモ・デル・トロの『 クロノス 』 】

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公開:1998年  監督・脚本ギレルモ・デル・トロ

出演フェデリコ・ルッピ   ( ヘスス・グリス )

  : タマラ・サナス      ( アウロラ

  : ロン・パールマン   ( アンヘル

  : クラウディオ・ブルック( クラウディオ )

  : マルガリータ・イザベルメルセデス

 

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この記事は、よくある味気ないストーリー解説の記事ではなく、『 クロノス 』の哲学的解釈と洞察に重点を置き、"考える事を味わう" という個人的欲求に基づいています。細かく言うなら、"映画という教材" にいかに哲学的解釈を施すか、という試みになりますね。なのでストーリー解説を求める方は他の場所で確認されるのがよいでしょう。

 

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1. ギレルモ・デル・トロの初期の傑作『 クロノス 』

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a. ギレルモ・デル・トロの【クロノス】には、彼が影響を受けたと思われる幾つかの要素が見られますね。映画監督をする前には特殊メイクの仕事をしていた事もあって、小道具、この映画ではクロノス、の作り込みにはこだわりがあるようで、デビッド・クローネンバーグ的なグロテスク要素と共通するものが感じられます。

       

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       クローネンバーグの『裸のランチ』のバグライター

 

b. そして、そのクロノスが果たす機能のモチーフが漫画『JOJOの奇妙な冒険』の石仮面から来ているのではないかと多くの方が感じたであろう事は、ギレルモが日本の漫画・アニメに影響を受けている事を考えれば当然でしょう。吸血動物が組み入れられた機械仕掛けのクロノスは、通常は収納されている触手を人間に突き刺し血を吸う事で、その人間を吸血鬼と化し、肉体を大きな損傷を与える事故にでも遭わない限り、永遠に生きる事を可能にするという訳です。そのためには人間の血を吸わなければならない・・・だから吸血鬼なのですが、その点で、この映画は吸血鬼に完全になる事を拒否する主人公ヘススの振舞いが興味深いものとなっているのです。

 

 

2. 『 クロノス 』のストーリー

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a. 中世の錬金術師ウベルト・フルカネリは迫害から逃れて渡ったメキシコの地で、永遠の生命を与える事が出来る"クロノス"を作った。

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b. そして、フルカネリは、そのクロノスを自らの身体に使用し400年間生き続けたのですが、建物の天井崩落事故に遭い、息絶えてしまう。

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c. しかし、フルカネリに関する事は謎のままであり、クロノスも天使像の中に隠されたままで知られる事はなかった・・・そしてタイトルクレジット、クロノス!ここから話が動き出す。

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d. 骨董屋を営むヘスス・グリス ( フェデリコ・ルッピ ) は天使像の中からクロノスを見つけるのですが、それが何なのか分からない・・・。で、ヘススの側にはいつも孫娘のアウロラ ( タマラ・サナス ) がいる事がポイントですね。この娘との結びつきによって、この映画がたんなるヴァンパイア・ホラーにならずに済んでいます。

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e. ここで、手のひらにクロノスを乗せていたヘススは、クロノスから突然延びて来た触手というか甲殻類的な爪に突き刺されてしまう。必死になってそれを引き剥がすヘスス。この辺りはジョジョの石仮面を彷彿とさせますね。

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f. 中盤の話は省略しますが、ヘススはクロノスによる吸血鬼化によって、大理石のような肌を、焼けただれ引きちぎられた皮膚の下から覗かせながら、クロノスを手にいれようとするクラウディオとアンヘルと戦わざるを得ない宿命 ( ※1 ) に巻き込まれていきます。

g. 終盤には因縁のあるアンヘル ( ロン・パールマン ) と戦い、建物の上層部から2人とも落下してしまい息絶えてしまう。そこにヘススと行動を共にしていたアウロラが現れ、ヘススを優しく撫でる。

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h. アウロラはクマのぬいぐるみの中 ( ヘススはクラウディオとアンヘルに見つからないよう、クロノスをぬいぐるみの中に隠していた ) からクロノスを取り出し、ヘススの身体にあてがう ( シーン32. 33. 34. )。つまり、アウロラはクロノスによって、ヘススが長生き出来る事を、彼の過去の行為 ( ヘススは度々、クロノスを自分の身体に突き刺す事によって生命を永らえさせる衝動に突き動かされていた ) を見て知っていたのですね。そして、クロノスに支配されたヘススが人間の血を吸わざるを得ない事も彼女は知っていた・・・。

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i. なんとなく見ていると、見逃してしまうかもしれませんが、38.のシーンではアウロラは手から血を流し ( いつ彼女が自分の手を傷つけたかは、そのシーンがないので分かりづらいけど ) 、その手を自分の口元に持っていくのですね。つまり、私の血を吸っていいよ、おじいちゃん・・・という彼女の意思表示な訳です。復活したヘススは最初、吸血鬼としての欲望に負けそうになるのですが、このアウロラの自己犠牲的な献身と、彼女の "おじいちゃん" というセリフ ( 彼女はこのセリフ以外、この映画で言葉を発しない ) によって、我に帰るのですね。

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j. 我に帰ったヘススは、いつもなら高揚感を覚えたはずのクロノスの爪に、突如痛みを感じて惹き剥がし、石で叩き潰す。吸血鬼の欲望に打ち勝ち、人間性を取り戻したという事 ( この時、彼は何度も "自分はヘスス・グリスだ" と叫ぶ )ですね。吸血鬼化を拒否したヘススは、ダメージのため死ぬしかないのでしょうが、自宅のベッドでアウロラと妻のメルセデスに看取られながら束の間の平穏に包まれるというラストで映画は終わります。

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3. 『 クロノス 』の哲学的解釈

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a. この映画の特徴は、ヘススが怪物になろうとも、孫娘アウロラの彼への親しさに揺るぎはないという点です。しかし、そこから、安易なヒューマニスム的感傷に浸るのは一端止めて、もっと細かい解釈をしていく事にしましょう。

 それは、ヘススへのアウロラの振舞いが彼女の内面から語りだされるものでは無い、つまり彼女の内面描写がないからです。彼女は感情を豊かに表す主体としては描かれていない ( たとえ監督の意図がどうであれ、結果としてという意味で ) という訳です。

 

b. 物語の冒頭から、アウロラはヘススと一緒にいるのですが、子供らしい喜怒哀楽を前面に表す訳ではない。もちろん、これは彼女の唯一のセリフ、シーン38."おじいちゃん" という部分とも繋がります。彼女の感情が余り見えないため、多くの観客は彼女の存在につい無関心になるのでしょうが、もし彼女の感情表現が最初から豊かであったなら、この物語はヘススという主人公に拮抗するもう1人の女性をヒロインとして描かざるえを得なかったでしょう。

 

c. しかし、そうすると、物語の軸は、ヘススとアウロラの間の心理的緊張関係にひきずられる事になっていたかもしれない。つまり、この映画の世界観は2人の主体の内面的関係性によって構築されるというヒューマンドラマになってしまっていた可能性があったという訳です。

 

d. おそらく、そのような世界観はギレルモは望まなかったでしょう。なぜなら、この映画の設定を考えるならば、ゴシック小説 ( ドラキュラやフランケンシュタインなどの ) の系譜に連なる怪物的世界観をいかにして作り上げていくかという事が、彼のテーマであったと推測出来るからです。この種の怪物映画によくあるのが、人間から怪物に移行しきれずに、揺れ動きながらも人間性に回帰する ( たとえ死ぬ事になろうとも ) というストーリーですね。

 

e. ギレルモも、このモチーフに沿っているのですが、彼はヘススの内面を直接的に深刻に描くのではなく、アウロラメルセデス ( ヘススの妻 ) との家族関係という形式にヘススの内面を外化させる事によって世界観を作り上げるという手法を採っているのです。つまり、ヘススの内面性は、アウロラメルセデスとの、その時々の日常的関係を描写する場面によって "間接的に" 示されているという訳ですね。そうすると、ヘススへの揺ぎ無い優しさを持つアウロラとは、吸血鬼へと変貌したヘススの中に残っている人間性を象徴する存在だと解釈する事が出来るでしょう。

 

f. この "内面の外化" というやり方のいいところは、登場人物の内面性に振り回される事なく( 逆に言うと、人間の内面とはそれくらい強力で凶暴なものだという事です) 、確固とした世界観を構築出来る所ですね。この映画におけるギレルモの世界観は、突如侵入してきた怪物的要素によって混乱させられるにも関わらず、最終的には、登場人物たちが形作る "家族" という在り方へとその悪夢が回収されていくようにまとめ上げられているものだと言えるでしょう。

 

g. ラストの場面 ( シーン47. ) がその事を象徴しているし、オープニングタイトル後の最初の場面も、ヘスス、アウロラメルセデスの3人の食卓シーンで始まっていますね。このようなギレルモの世界観を一言で表すなら、"ゴシック・ファンタジー"という事になるでしょう。

 

 

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( ※1 )

でも、戦うといってもアメコミの映画ヒーロー ( バットマンスパイダーマンなど ) のように強靭な戦闘能力を獲得する訳じゃない。おじいちゃんが多少若返った分だけ元気になるっていう話だから、戦闘というよりは、トラブルに巻き込まれるっていうのが正確なところ。その辺は期待してはダメです(笑)。

 

 

 

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