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Life Without " Thinking " ・・・ Is Nothing!

〈 考える事 〉をしない人生なんて・・・〈無〉やね。

【 かつて格闘マシーンとして見る者を熱くさせた黒澤浩樹は晩年、懐の深い人間になっていた・・・・・。】

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■ 元極真空手聖心館空手道館長の黒澤浩樹氏が2017年3月25日、急性心不全のため、亡くなられました。享年54才。早過ぎる死です・・・。極真時代は、1984年の第16回全日本大会で初出場・初優勝して以降、松井章奎(国際空手道連盟・極真会館館長)・増田章(IBMA極真会館主席師範)と共に、三強時代を築き、その強烈な下段回し蹴りは黒澤氏の代名詞となりましたね。極真での大会出場を退いた後は、PRIDE.1に参戦(1997年)し、大山総裁の死去による極真会館分裂騒動では、松井派に所属したものの、松井氏との対立から独立して実戦空手黒澤道場を起こしました。その後、Kー1にも参戦(2000年)し、2011年には、黒澤道場を聖心館空手道に改名し後進の育成に当っている所でしたが、膝の手術後のリハビリの最中に亡くなられたという訳です。

 

■ 少なくとも、現在40代半ば以降の方なら、黒澤氏の全盛期であった極真時代における激しい戦いぶりをリアルタイムで体感し、熱い思いに駆られた事でしょう。〈格闘マシーン〉とは、その時期に付けられたニックネームであり、氏のパブリックイメージを確立させるものでしたね。ただ、今回は、氏のそんな格闘マシーン振りを示す詳細は他所に譲るとして、吉田豪によるインタビューを紹介する事によって、氏の晩年の人間性の一端を垣間見る事が出来るのではないかなと思います。

 

■ 中年以降のある程度長く生きてきた人ならば分かるでしょう、人間って、1つか2つのイメージで語りつくせる程単純な生き物ではない事を。つまり、格闘マシーンのイメージは黒澤氏の全てではなく、黒澤氏の1面なのであり、それ以外に日常を生きる人間性が当然あるという事ですね。このインタビューで分かるのは、彼は格好をつけて自分のパブリックイメージに固執するどころか、もはやそんな事にはこだわらず、インタビューを楽しみながら、ざっくばらんな自分の姿をさらけ出す懐の深さを見せてくれているという事です。

 

 

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吉田豪による黒澤浩樹へのインタビュー

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■ プロインタビュアーの吉田豪といえば、それこそ何人もの芸能人・著名人などにインタビューされているのですが、雑誌「BUBKA2015年6月号」の" BUBKA流スーパースター列伝 "というインタビュー連載で黒澤浩樹氏に登場してもらっています。今から約2年前。吉田氏の絶妙なインタビューによる黒澤氏の饒舌ぶりを読むと、氏の晩年における最後の本音のインタビューだったといっても過言ではないでしょう。

 

■ それにBUBKAってサブカル雑誌だから、そっち系に興味のある人じゃないと、読まないだろうし、黒澤氏へのインタビュー自体も、現時点では吉田氏の単行本には未収録という事もあるので紹介しておく事にしましょう。

 

以下、インタビューからの抜粋。

 

■ 冒頭の部分。黒澤氏、しょっぱなから自分の変化をあっさりと認めてますね。

( 吉田 ) 黒澤先生は現役時代からインタビュー嫌いという噂が流れていたわけですけど・・・・・。

( 黒澤 ) フフフフ、噂だけですけどね(笑)。

( 吉田 ) え!単なる噂だったんですか?

( 黒澤 ) 昔はそういうところがありましたね。〈 中略 〉最近、人あっての自分なんだと思えるようになってからはずいぶん柔らかくなって。 

 

( 黒澤 ) 〈 中略 〉 空手の世界もこれだけグチャグチャになって、独立して自分で道場やるとなると、毒もずいぶん飲まなきゃいけないので。簡単に言うと丸くなったというか、人間らしくなったというんですかね。なので、よっぽどのことがない限りはふつうに取材も受けます。

 

( 黒澤 ) 〈 中略 〉だからそういう意味では、極真を辞めてからのほうが内面的なところで鍛えられました。極真会館にいたときは大きな組織にいたぶんだけ大きな試合にも出られましたんで、そこで肉体的な部分を育てたと思うんですけど、辞めてからのほうが、ある意味不合理というか、毒はしょうがないから飲むしかない、みたいなことをやってたんで。      

 

正道会館との過去の確執や大山総裁についても触れてます。総裁の口癖をマネする黒澤氏。こんなに楽しい人だとは・・・。

( 吉田 ) 昔は、佐竹雅昭さんが女性の裸が出ている雑誌に出てただけで激怒したけれど(笑)。

( 黒澤 ) あの頃はホントに・・・・・子供だったんでしょうねぇ。やっぱり正道会館のあり方と、自分がいたときの極真会館のあり方は真逆にあって。「黒澤さん、そんなこと言ったって正道はこうなんですよ」とか「極真はこうなんですよ」とか、いろんなことを言われたりすると、俺はずいぶんきれいなところだけ見てやってたのかなって。

 

( 黒澤 ) 総裁と食事したとき、佐竹さんがまだこっちで稽古したりしてた時期で、佐竹さんと街ですれ違ったことがあるんです。「こっちは挨拶したんですが、向うは何も返さなかったんです」って言ったら、「君ィ、どうしてそこで叩きのめさなかったんだ!」と。

( 吉田 ) ダハハハハ!「それが極真だ」と。

( 黒澤 ) 「やらなくちゃダメだよ!」「それが極真だよ!」みたいなことを、総裁が亡くなる1年前、池袋の中華料理屋で言われて。まだそんなこと言っちゃうのか、言っちゃってもいいわけ?みたいな(笑)。

( 吉田 ) 90年代にもなってまだ(笑)。

( 黒澤 ) 緑健児が優勝して自分と増田章が呼ばれたときですよ。「君ィ、そういうときは、その場で叩きのめさなきゃダメだよ。なんでやらなかったんだ、だから君は世界チャンピオンになれなかったんだ!」と(笑)。

( 吉田 ) ダハハハハ!そのせい(笑)。

 

■ 他人が抱く自分のイメージについて

( 吉田 ) この辺りで話を戻すと、これまでに黒澤さんの本を出す人もいたけれど、そのお金は全然入ってなかったってことなんですかね。

( 黒澤 ) そうですね。本を書いていただいたときにはその人なりの黒澤浩樹像みたいなものがあるんですけど、それも主観なんですよ。

( 吉田 ) その黒澤浩樹像とズレてくると、向うはモヤモヤしてきたりもするわけですよね。

( 黒澤 ) 簡単に言うと、気に入らないんですよ。「こうじゃないと黒澤浩樹じゃない」って。 

( 吉田 ) 黒澤浩樹は取材嫌いでニホンオオカミみたいな極真空手家のはずなのに、どうしてPRIDEとかKー1に出てるんだよ!って。

( 黒澤 ) そうなんですよ。自分はイメージをすごく持たれやすいんですけど、くだらないことにこだわらないでいかなきゃなって。だから、組織が分裂してまたくっついてとか見ても、好きにやったらいいんじゃないかとか、もう極真にこだわらないで自分の腕で築き上げていったほうがいいのにとか、そんなふうに思った時期もあるんですけど、いまはそういうことすらも気にならなくなって。

 

■ 試合に勝てなくて多摩川と横浜港に飛び込んだ話とかも。凄すぎる。そんな空手家が他にいるのか!しかし・・・人間そう簡単には死なないという話なのですが、黒澤氏の早過ぎる死という事実が訪れた今となっては、複雑な思いを抱いてしまいますね・・・・・。

( 黒澤 ) 生徒とはいろんな話をするんですけが、「おまえら死ぬ死ぬってよく言うけど、人はそう簡単に死ねないよ」と。〈中略〉全然勝てないんで、もう死んでやれと思って多摩川に道着を全部投げ捨てて、自分も多摩川に飛び込んだことがあったんですよ。ところが、飛び込んだら、あまりにも冷たいんで、「死んじゃう死んじゃう!」って言いながら勝手に泳いで岸まで出てきて、そして「死にそうだ、死にそうだ!」って震えてタクシーに乗って家に帰ったことがあるんです(笑)。

( 吉田 ) 体力があればなんとかなる(笑)。

( 黒澤 ) 人間ってよっぽど腹が据わってないと、気がついたときには防衛本能が働くから、そう簡単に死なないよ、と。それから何年かして、今度は横浜港に飛び込んだんです。

( 吉田 ) えぇーっ!!

( 黒澤 ) それも12月なんですよ。バーンと飛び込んだら、やっぱり寒くて。なおかつ、川と違って海は潮があるから余計に冷たくて、そのときもやっぱりタクシーで帰って(笑)。

 

( 黒澤 ) 〈中略〉「だからそう簡単に死ねるもんじゃないよ。ということは、相当根性がないと自殺できないよ。おまえら死ぬだけの根性はあるのか?中途半端になると苦しいぞ。だったら乗り越えろ」と生徒に言うんです。死ぬ気でやるってことは大変なんだけど、でも死なないから。そう言うと、なんか納得してるみたいなんですよ。もしかしたら自分はそういうことを言うために、神様に試練を与えられてたのかな、と。

 

■ トレーニングについても話しています。黒澤氏の現役選手時代、筋トレのスクワットで確か330か340kgを挙げた時、膝はバキバキと音を立て、毛細血管が切れて鼻血が出たというエピソードを記憶していますが、そんな話を聞くと、もはや数字で示される筋力の凄さを超えた精神的なものの強靭さを感じてしまいますね。

( 吉田 ) 常にオーバーワークでしたもんね。

( 黒澤 ) 何かもがオーバーワークで、オーバーワークじゃないと安心できない。怖がりもあると思うんで。だから血尿が出ないと安心できない。よくないですけど。だから砂袋を蹴ると毛細血管が切れてそれがオシッコから出るだけだったんですけど、でも頑張って蹴ったりとか。でも、辛かったことと楽しかったことだと、辛かったことのほうが人はみんな記憶に残っている。たぶんそれが人間の成長の糧になってると思うので。だから、「俺なんか勝ってる試合も負けにさせられたよ、指がグチャグチャになったよ」って言いますけど、でもそれもう1回やってみろって言われたら、「もういいです」ってなるので。だから、格闘技の本なんかで「そういう思いをしたのは極真で黒澤さんだけですよね」って言ってくれると、ちょっと心のなかでは「そうそう、俺ってすごいでしょ?」っていうのがあるんですけど(笑)。

 

■ 失われていない闘志

( 吉田 ) 考え方が変わってきたんですね。

( 黒澤 ) でも、やっぱり奥底で眠っている・・・・・グローブを着けてスパーリングやっているときは、いまだに叩かれたら倍にして返すみたいなのはちゃんとあるんだな、と。根底には打たれたら3倍返し、5倍返しみたいなところはあるんだけど、でもそれを表に出すんじゃなくて、それがエネルギーとなっていけばいいんで。 

 

■ 自分の哲学についても語っています。ここでの話しは興味深いものになっていますね。人間歳をとって丸くなると、周囲の人としゃべるし、周囲の人の方からも話しかける程、馴染んで溶け込んでいく・・・黒澤氏はこれを "空気のようになる" と表現しています。こうなると人は周囲から浮き出る豪傑のような存在にはならないはずだ、と黒澤氏は語っています。多分、昔の黒澤氏ならば、むしろ、周囲に馴染まない豪傑のような存在の方に惹かれていたのかもしれないのに、晩年にはそうじゃないよ、というその哲学。黒澤氏の全盛期を知っているならば、驚きを覚える人もいるかもしれません。でも、そこには人間とはやはり周囲との関係性の中で生きていく動物なんだ(※1)、という事を客観的に分析出来る程の心境に達している晩年の黒澤氏がいるという事です。もちろん、そんな事を弱い人間が言ったって、説得力がないけど、幾多もの激戦の中を生きてきた黒澤氏の言葉だと色々と考えさせるものがある事は間違いないでしょう。

( 黒澤 ) 「英雄色を好む。いくつになってもいい女をはべらしてないと男は強くなれないよ」って総裁は言ってましたけど、自分としては違うよ、と。それはある程度までいくと、そういう欲はどんどんなくなっていってホントに丸くなる。そして空気のようになってきて、いつまでもこの人と話していたいなっていう気持ちになるから豪傑にはならない。総裁も歳をとって、90とか100歳くらいまで生きてらしたら、そういうふうに変わったかもしれない。

 

■ なんとVシネマについても語る。この辺はかなり面白いです。

( 黒澤 ) 仁義なき戦い』はバイブルでした。何年か前に久々に観たんですけど、俺なんでこんなのにハマッたのかなって(笑)。

( 吉田 ) 極真の人があれにハマるのはわかるんですよ。極真っぽい部分がありますからね。

( 黒澤 ) そう!ありますよね。あれを立て続けに観て、小笠原(和彦)先輩とかとそういう話をしてたなあ・・・・・。〈中略〉・・・、『首領への道』っていうVシネマのシリーズがあって、俺もこんなのに出て関西弁で演技してみたいなと思って、それでいろいろ頼み込んで。

( 吉田 ) 自分から頼んだ!

( 黒澤 ) ちょうどK-1の試合が一段落したときに、田代まさしさんがVシネマの仕事をやってて、『広島四代目』っていうVシネマの親分役で出てくれって言われたんですよ。で、行ったら田代さんに「黒澤さんじゃないですか!黒澤さんが来るんだったらもっといい役をやってもらいたかったです」と。加藤雅也さんとか、共演者もみんな空手とか知ってるんで、「なんで黒澤がいるんだ!?」みたいな感じで。言えないじゃないですか、「自分、ちょっと出たかったんですよ」って(笑)。ミーハーって思われちゃうから。だから「いや、ちょっと知り合いにどうしてもって言われたんで」って感じで。

 

■ プロレスの話も。長州力が好きだったとは。

( 吉田 ) 初出場で初優勝した84年の全日本大会の直前に、藤波と長州の試合を観ていた、みたいな話も本に出てましたね。

( 黒澤 ) ああいうのもすごく共鳴しましたね。

( 吉田 ) 共鳴してたんですか!

( 黒澤 ) 共鳴しましたね。そのちょっとあとに長州さんが独立して。ウチの兄貴が銀行員だったんで、たまたま「浩樹、いま俺、五反田支店でジャパンプロレスと取引があるんだよ」って、チケットをよくもらって観に行ったりとかして。長州力、大好きだったですね。だから変にプロレスを否定することもないし。

〈中略〉

( 吉田 ) しかし、黒澤先生がこんなに饒舌だとは思わなかったですよ!びっくりしました!

 

 

 

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(※1)

これに対して『 誰も学ばない、誰も知ろうとはしない、誰も教えない。一孤独に耐えることを。孤独に耐えてこそ、それを真の武士道という。』という黒澤氏の言葉がありますが、もちろんこれは "精神的な" 意味で解釈すべきであって、物理的に孤独になるような振舞いをする事を意味しないのは言うまでもないでしょう。

 

 

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