【 アール・デコ、あるいは北欧モダニズムの伝統から抜け出したデザイナー〈 スティグ・リンドベリ 〉】

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2016年の今年で生誕100周年を迎えたスウェーデンのデザイナー、スティグ・リンドベリ(1916~1982)について、哲学的に考えてみますね。といっても彼の作品について個別的に考えるのではなく、彼のデザインが "北欧デザイン" という括りで語られるものの中で、いかなる意義を持つのかを全体的な流れの中で考えてみようという訳です。

 

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1. スウェーデンの国民的デザイナー、リンドベリ

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a. スティグ・リンドベリといえば、スウェーデンの陶磁器メーカーであるグスタフスベリ社のアートディレクターであり、経営難のグスタフスベリを建て直したという話がよく聞かれますね。そのきっかけが、彼がグスタフスベリ社に持込んだ "POPなデザイン" にある事は間違いないでしょう。"POPなデザイン" で彩られた食器は、スウェーデン国民の日常の食器使いを華やかなものにするという意味で、グスタフスベリ陶器の普及に貢献したという訳です。

      

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          彼のデザイン性を象徴するテキスタイル 【 楽園

 

b. 彼のPOPデザインの斬新性は、彼と共にグスタフスベリ社の三巨頭として語られる、ヴィルヘルム・コーゲ(1889~1960) ベルント・フルーベリ(1899~1981) に比べてみても明らかでしょう。はっきりと指摘される事はありませんが三巨頭と言っても、リンドベリは他の2人と比較出来ない独自の道を進んだのであり、北欧モダニズムと称される北欧現代陶芸の枠には収まりきれない "POPなデザインを駆使する北欧アーティスト" へと至ったと考えるべきですね。

 

 

2. スティグ・リンドベリが登場した時代背景

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a. 若きリンドベリを見出したヴィルヘルム・コーゲ(彼がグスタフスベリのアート・ディレクターを務めていた1937年にリンドベリは20才で入社した) から始まったとされる北欧現代陶芸を美術史的に考えるならば、それは1910~1930年代にかけてヨーロッパ・アメリカで流行したアール・デコ様式の時代に位置するといえるでしょう。

 

b. アール・デコ(Art Déco)は文字通り訳すなら "装飾芸術" となりますが、それ以前のアール・ヌーヴォー(Art Nouveau)様式ほど過剰な装飾ではなく、当時台頭してきた大量工業生産という時代背景と隣接する適度な装飾デザイン(つまり大量工業生産と共に発達する大衆消費社会へ量的に行渡ることが無意識的に前提とされている)になっているのです。

 

c. さらに細かく言うなら、アール・デコにおいては "芸術的装飾性""無駄を排除する機能的モダニズム""両極性" の振り幅の中で幾つもの作品が作られたのですが、特徴的なのはそれらの作品の活力が "異国的なもの"(※1)から得られている事です。

 

d. もちろん芸術における異国的なもの影響(例えば西洋に対する日本の浮世絵など、いわゆるジャポニズムの影響など)は前世紀でも見られるのですが、1920、30年代は世界を横断する交通が増大していく過程(※2)での "脱 - 境界的なもの" が一般的になった(※3)という意味で、"デザイン装飾" が特定の国家や地域、伝統などの縛りから脱して世界の中で、それ自体がひとつのジャンルとして "一般的なもの"になったのです。

 

e. つまり、アール・デコの作品が異国的な雰囲気を醸し出すのは、デザイン装飾それ自体が特定の縛りを受けない "脱 - 境界的な一般的なもの" になっているからですね。まあ実際には、デザインが一般的になったアール・デコ以後も、各々の作品は定義上、特定の呼称(北欧モダニズム、ミッドセンチュリー、民芸、ポストモダン、など)を与えざるを得ないのですが。

 

f. ではこの辺で、北欧現代陶芸に話しを戻しましょう。北欧現代陶芸の巨匠であるヴィルヘルム・コーゲと彼に師事したベルント・フリーベリの作品から分かるのは、彼らの装飾性を抑え簡素性から逸脱しない作品がアール・デコの両極の一方である "無駄のないモダニズム" を担っているのに対して、コーゲと並んで巨匠と称されるデンマークのアクセル・サルト(1889~1961) の生命力が凝縮されたかのような作品はアール・デコのもう一方の "芸術的装飾性" を担っているという事です。2人とも北欧現代陶芸の巨匠と呼ばれますが、アール・デコという芸術様式に照らし合わされると違いが明らかになりますね。

 

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    ヴィルヘルム・コーゲ

 

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        ベルント・フリーベリ

 

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     アクセル・サルト

 

g. いずれにせよ、コーゲ、サルト、フルーベリらの "陶芸作品" ( "陶芸作品" と限定するのは、コーゲやサルトは、グラフィックデザイナー出身という陶芸以外の素養もあるので)がアール・デコを無意識的基盤にしているのであり、それこそが北欧モダニズムの本質だといえますね。

 

 

3. リンドベリの "POPな絵画的デザイン"

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a. では先に挙げたコーゲらとリンドベリとの違いとは何でしょう?それは既に述べたように "POPデザイン" にあるといえます。しかし、こう言うと、コーゲやサルトもグラフィックデザイナー出身なのだからデザイン的素養があったはずだし、それだからこそコーゲは若きリンドベリの才能を見出す事も出来たのでは?と考える人もいるでしょう。彼らとは違うリンドベリのデザインを哲学的に理解するためにも、ここで "POPデザイン" という言葉の意味を考える必要がありますね。

 

b. まず彼のPOPデザインは2次元的なものという意味で "絵画的" だといえます。しかし、なぜ "絵画的なもの" なのか? "単なるデザイン"だと、陶磁器のフォルムや絵付けを含めた雑多なものを意味してしまいますね。しかし、それだと "絵画的なもの" の哲学的意味が見えなくなってしまうのです。

 

c. "絵画的なもの" とは、絵画が具現化されるためにはキャンバスという下地が必要なように、何らかの物質的基底材(もちろんこれはキャンバスだけでなく、それこそ陶磁器などの立体的なものを含む)の上に投影され貼り付けられる "イデア" としての "デザイン性それ自体" だと考えられるのです。

 

d. 例えば、陶芸で考えてみるならば、通常のアプローチだと、陶磁器それ自体がひとつの作品であるために、フォルムや絵付けのデザインは作品を補助する要素であるはずですね。あくまでも主役は陶磁器という作品である訳です。

 

e. ところが興味深い事に、リンドベリの中では、コーゲに師事し、彼と共に陶磁器の製作に取組んだ北欧現代陶芸の枠組に忠実であった初期から、グスタフスベリのアートディレクター就任、そして独立、復帰といった一連の成熟期において、彼のデザイン観に哲学的変化が起きたといえるのです。つまり、陶磁器の絵付けとしての要素的デザインから、彼のデザイン世界観をひとつの具現化すべきイデアとする "絵画的デザイン" への移行ですね。

 

f. そうすると、何が起きるかというと、陶磁器などの "物質的基底材" は主役なのではなく、彼の "絵画的的デザインというイデア"  を具現化するための "現実的なものという要素" に過ぎなくなるという変化が起きる訳です、少なくとも彼の中では。この点こそが、コーゲやフリーベリ、サルトに比べてリンドベリを陶芸家ではなく独自の "デザイナー" たらしめているといえるでしょう。

 

g. もちろんコーゲやサルトらも、デザイナーの資質があるので陶磁器以外にも手がけた作品があるのですが、リンドベリほど強力な一歩を踏み出せていない。その一歩を踏み出すには彼らは余りにもアール・デコの芸術に忠実でありすぎたのです。

 

h. ではリンドベリにアール・デコに留まらせずに一歩踏み出させた "絵画的デザイン" の特徴とは何でしょう。それこそ "POP性" に他なりません。"絵画的" といっても西洋美術における絵画ではなく、デザインがそれ自体として成立するというイデア的意味での絵画なのであるのに加えて、大衆への普及(POP - ULARIZATION)という意味で、"POPな絵画" だといえるのです。大衆への普及(POP - ULARIZATION)という言い方につきまとう俗物性が気になるのであれば、"大多数への浸透" と言い換えるべきでしょうか。

 

i. しかしリンドベリのデザインそれ自体を楽しませる "POPな絵画性"スウェーデン国民の間で共有されやすいものであったのは間違いないでしょうし、同時に、彼が従来の芸術(アール・デコ)の延長線上にある北欧モダニズムとは異質な流れ(もちろん、このPOP性は、今では北欧デザインのスタンダードなもののひとつとして引き継がれている)をつくりだした事も付け加えておくべきでしょう。

 

 

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(※1) 

アール・デコ期の異国的なものの例。

 

エジプトの影響 "エジプト風ヴァニティケース " by カルティエ

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                        フランス 1924年

 

アフリカの影響 "仮面" by サージェント・ジョンソン

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          アメリカ 1934年

 

アフリカの影響 "スツール" by ピエール・エミール・ルグラン

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           フランス 1925年

 

■ 日本の影響 装飾パネル "アルザスコウノトリ" by エドガー・ブラント

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           フランス 1928年

 

アフリカの影響  写真 "黒と白" by マン・レイ

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           フランス 1926年

 

(※2)

世界的交通の象徴的出来事

■ 1927年 チャールズ・リンドバーグによるニューヨーク・パリ間の大西洋単独無着陸飛行

■ 1928年 ドイツの巨大飛行船 LZ127 "グラーフ・ツェッペリン" 飛行開始

■ 1935年 フランスの巨大豪華客船 "ノルマンディー号" 就航開始

因みに、アール・デコを代表するフランスのグラフィックデザイナーのアドルフ・ムーロン・カッサンドルが1935年に発表したポスター"ノルマンディー号" は彼の作品の中でも最も有名なもののひとつですね。

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■ 1936年 ドイツの巨大飛行船 LZ129 "ヒンデンブルク" 飛行開始

 

(※3) 

"脱 - 境界的的なものが一般的となった" といっても、言うまでもなく国境や階級、様々な領域間の差異などにおける"境界的なもの"が消滅する訳ではない。フランスの哲学者ドゥルーズガタリによる『アンチ・オイディプス』でも示されるように、脱領土化と再領土化は絶えず繰り返される事によって資本主義における運動のダイナミズムとなるのであり、"境界的なもの" は依然としてある、あるいは新たに違う形態で再生産されると言うべきでしょう。

 

 

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