哲学的考察と備忘録

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【 僕を哲学的に考えさせるコンテンポラリーダンス〈菅原小春〉】

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   僕を哲学的に考えさせる映画〈人狼ゲーム ビーストサイド〉 の中で、土屋太鳳 が Siaの "アライブ" MVで魅せたコンテンポラリーダンスについて触れました。彼女は、その時の事を自分のブログ、Alive.|土屋太鳳オフィシャルブログ「たおのSparkling day」で書いているのですが、そこで世界的なダンサーである菅原小春の名前を挙げているんですね。土屋太鳳がアライブでのコンテンポラリーダンスに取組む様子を放送したのはTBSの『情熱大陸』ですが、そのしばらく後で、同じ『情熱大陸』で菅原小春が紹介されて一般的に知られるきっかけになったと思います。

 

    菅原小春が出演した『情熱大陸』(YouTube)にリンクを貼っていましたが削除されたようなので、 彼女を紹介した『めざましテレビ』を見てみましょう。

    

        

 

 

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1.   Years&Years のDesire と菅原小春

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   情熱大陸』では、彼女が Years&Years の "Desire" にインスパイアされて振付けをしている場面がありますが、後日、放送を見たYears&Yearsのスタッフから "Desire" のMV出演を依頼されていますね。とはいえ、"Desire" のMVは既に製作されていた ( Years&Yearsのメンバー自身が出ている ) ので、日本スタッフによる特別版MVという所でしょう。

 

        

 

   本家の "Desire" MV はこちら。

 

        

 

   Years&Years は2016年2月に来日していますが、 "Desire" 演奏時にはステージ上に菅原小春が登場します。ライブで共演が実現するとは。会場も盛り上がってます。

 

        

 

   彼女の "Desire" の振付けが、はっきりと見られるのがこちら。キレッキレです。1:24~頃から4人組みの女性たちに交代するのですが、その中の金髪の Shibuya Yuki ( 漢字は分かんないので ) のダンスもダイナミックで凄い。

 

        

 

   そんな Shibuya Yuki が菅原小春と一緒に踊っているのがこちら。圧倒的なパフォーマンス。菅原小春が身体の細部に至るまでの表現 ( 彼女は生命や力を込めるという言い方をする ) をするのに対して、Shibuya Yuki はダイナミックで力を爆発的に解放するかのような表現をしてます。

 

        

 

 

2.   菅原小春のダンススタイル・・・

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   よく彼女のダンススタイルって何だろうと疑問に思う人がいるようですが、特定のジャンルに色分けするのは難しいでしょう。敢えて言えば、ストリートジャズダンスに近いフリースタイルだといえるのでしょうが、彼女自身、特定のジャンルやスキルにこだわるというよりは、それらを自分流にアレンジして "自分" を表現していますね、"スキル" を表現するのではなくて。

 

   この点こそ、並いるダンスの猛者たちから彼女の存在が突出している理由だといえます。通常、ダンスの完成度が高くなるにつれて人は、特定のジャンルやスキルをいかに上手く表現するかという事に傾いていきます。しかし、彼女のアプローチは違う彼女はスキルを表現するのではなく、"自分" を表現するために "スキル" を使う、必要ならばスキルを自分流にアレンジして

 

   これを哲学的に考えてみましょう。人は本来、自分や個性を発揮するためにダンスという表現手段を選択するのですが、いつの間にか、"スキル" を表現する事に楽しさを見出し、それが  "個性" だと思い込む。その結果、ダンスで本来、表現されるべき個人の衝動や気持ちが、"スキルという紋切り型" の中に取り込まれて出口を見出さないまま消え去ってしまう

 

   彼女はそんな "スキルという紋切り型" に自分の個性や衝動が取り込まれないように "外部" に向けて "自分" を表現しようとしているスキルを表現するのではなく、自分の内部の衝動や気持ちが出来るだけダイレクトに身体の隅々にまで行渡るよう ( もちろんある程度、スキルという媒介が必要だけど ) な表現を意識的にしていると思われますね。それが彼女の動きを見る人に彼女のダンスは独特だと思わせる理由になっているのでしょう。

 

このような彼女のアプローチは、ダンスを自分を表現する ための "技法 ( art )"として位置付けているという意味で、芸術 ( ART ) の萌芽としてのダンスに向かうものだと解釈出来ますね。人が自分の身体を使って表現しようとする際に、その開始点である衝動を痕跡として可能な限り残そうという姿勢は芸術的なものの原点を示している訳です。この意味で彼女のダンスは、アートのひとつとしてのコンテンポラリーダンスといえるでしょう。

 

 

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